96てぇてぇ『海外だってぇ、勿論きょうだい愛はあるんだってぇ』

※オタク語ガンガンですが、基本英語で話しています。


「いやあ、ウテウト殿に会えて、拙者感激でござる!」


 顔のない天才シンガー、インガ。

 ネット上で色んな曲を公開し、そのどれもが大ヒットという『今の歌い手』。

 その彼が目の前にいる。


「あの、どうして、俺がウテウトだと……?」

「拙者、狂気の、『ぼくの大好きなVtuber紹介耐久配信』見てたでござるよ。多少声の感じは違うけど、拙者もウテウト殿ほどではござらんが耳には自信がありましてな。もしやと思ったら当たっていたでござる。ああもちろん! 誰にも言わないでござるよ。……妹にも」

「そうだ、ヤミ!」

「まあ、落ち着くでござる。さっきも言ったけどあの子はまだ大丈夫でござる。実の兄が言うのだから間違いない」


 インガさんはそう言って俺を座るよう促す。


「あ。拙者のことは、クリスと呼んでくだされ。本名でござる」

「い、いいんですか? 俺なんかに本名教えて」

「ウテウト殿は、ネットのマナーも分からず、簡単に流出させるような馬鹿者ではござらんでしょう?」


 まあ、そりゃそうだ。これでも元Vtuber事務所マネージャーだし、今も相談役だ。

 流石にそんなの常識だ。俺はクリスさんの言葉に頷く。


「しかし、流石に驚いたでしょう? あの歌い手がこんなで」

「え? ああ、まさかこんな近くにいるとは」

「え?」

「え?」


 俺とクリスさんは顔を見合わせ、鏡のように同じ方向にゆっくり首を傾げる。

 そして、クリスさんはゆっくりと俯いていき、


「しょ、正直に言っていいでござるよ。あんな気取った歌を歌う男が、こんなデブオタだと思わなかったと!」

「……クリスさん、貴方の歌、滅茶苦茶かっこよくて俺大好きです。それ以上の言葉が要りますか?」

「……!」


 クリスさんの言いたいことは分かる。

 きっと、クリスさんは『ガッカリされたかった』んだろう。

 いや、されたくはないけど覚悟していたに違いない。そっちの方が気が楽だから。


 だけど、俺にとってはガッカリする理由がない。


 Vtuberだって、本体の見た目はそれぞれだ。じゃあ、それで価値が下がるのかというのは違うと思う。本質的に見られるべきは、魂がどんなものかだけだ。


 どんな性格で、どんな事が好きで、どんな配信が得意で、どんな声で、そんな喋り方で。

 ガワの好き嫌いはあれど、中身見てガッカリというのはVtuberを見ているわけではないという話だ。


 ワルハウスのみんなだって女優さんみたいな顔をしているわけじゃない。

 まあ、強いて言うなら、身内贔屓抜きで、ウチの姉は女優でもおかしくないかもしれない。

 あとは、るぅ辺りもアイドルとかにいそうだけど。

 っていうか、そもそも俺が顔面偏差値低いのに何言ってんだって話かもしれないが。


 ともかく、


「少なくとも俺は、Vtuber見過ぎてるせいか、本体がどんな見た目であれ、魂がかっこよければめっちゃかっこいいと思いますし、かわいければかわいいと思います」


 俺がそう言うとクリスさんはぶるぶる震えはじめて、


「ぶはははは! 流石! ウテウト殿! ヤバいでござるな。ある意味目がいっちゃってますな」

「かもしれないですね……まあ、なので、俺は生ボイス聞けて感動くらいしか思ってないです。で、彼女の事なんですが」


 俺は本題に入るべく、クリスさんをじっと見つめると、クリスさんは口元に手を置き話し始める。


「まず、ウテウト殿の意見をお聞かせ願えませんか? 貴方には拙者の妹がどう見えたか」

「えーと、イメージで言いますね。寂しがり屋の女の子が寂しすぎて、魔女に進化しかけてるって感じですね」


 そう言うとクリスさんは、口をぽかんと開け、そして、額を掻きながら困ったように笑う。


「流石……仰る通りでござる。そのイメージで間違いないかと。アイツは、ただただ寂しいだけなんだと思うでござる。……ウテウト殿、拙者は超絶陰キャコミュ障デブ故、困っているのだ。実の妹に何がしてあげられるか」


 自虐が酷い。けど、今つっこむところはそこじゃないよな。


「声の感じやトークから推測はついてますけど……」

「というと?」


 クリスさんが身を乗り出して聞こうとしてテーブルが傾きかけるのを慌てて抑える。

 一度息を整えたクリスさんが真剣な目で俺を見てくる。愛されてんだな。

 であれば、しっかりと話し合うべきだろう。


「俺も承認欲求高めのコは結構見てきましたけど……失礼な事言ったらすみません。多くは家庭環境と言われています。家族の愛情不足によって、もっと見られたい愛されたい願望が高まる。もしくは、誰かと比較して自分はもっと愛されるはずなのにと考えてしまうパターンですね。ヤ……アイツは、トークで積極的にファンの家族の話は拾って励まして仲良くするよう応援しますけど、自分の家族の話はアナタについて以外全然話さない」


 俺がそう言うと、クリスさんは腕を組み、目を閉じ、上を向いて大きく息を吐く。


「であれば、恐らく、両親が原因でしょうな。ウチは両親が共働きでしてしかもそこそこ成功している会社の社長なもので、愛情以外は全て与えてくれるような人でした」


 なるほど。両親たちには申し訳なさもあったからこそ色んなものを買ってあげてたのだろうけど。


「拙者もアイツも恵まれた環境です。愛情もお金も与えられない人だっているのに贅沢だとは分かっています。だけど、拙者もアイツも親に見てもらいたくて、拙者は音楽でほめられようと、そして、アイツは……引きこもって心配されようとしていました」

「アイツがひきこもり……」


 そんな気はしてた。アイツの視点はどこか客観的、俯瞰的で、コントロールしてるような感じだった。タイプ的に言えばツノさんに近い。だけど、ツノさんに比べ経験談や実感が薄い。

 その分、色んな言葉や作品、論文を引用し、それでうまく説得力を持たせていた。


「引きこもったけど、うまくいかなかった感じ、ですかね」


 クリスさんは腕を組んだままゆっくりと頷き、テーブルを見つめながらぽつぽつと話してくれる。


「うむ、両親は心配をするものの具体的に本人たちが何かをしたわけでなく、拙者に兄だから頼むと言って放り投げてしまったのです。……ぼくは、暫く落ち込みました。何故そうなるのかと……。けれど、もしかしたら、これで振り向いてくれるかもしれないと、アイツを毎日何度も呼び掛けながら、出て来ず落ち込み、その思いを音楽にぶつけアイツに届けようとする日々でした。そして、共感賛同してくれる人が出てきて。ぼくは歌の投稿サイトに、繋がりを、仲間を見出したのです。血のつながった人間よりも分かりあえる人たちを……そして、やはり兄妹故か、妹もインターネットの世界に家族を求め始めたのです」


 インガの爆発的ヒットは数年前、寂しさと切なさ、そして、そこににじみ出る愛が泣けると話題になった。あれは確かに、家族の歌だった。


「ぼくが、逃げるように家を出ると決めた時、妹にも声を掛けたんです。『どうする?』と。妹は迷っていた様でしたが、数日後、ぼくのところに転がり込んできました。そして、歌や音楽や舞台、動画配信色んなものに狂気的に没頭していきました。どのジャンルでも上手くいっているように見えたんですけど、妹は途中で何かに怯えるようにやめてしまい、辿り着いたのがVtuberでした」


 そして、Vtuberヤミが生まれたのか。


「今、思えばあの頃の自分の全てを賭けたような打ち込み方も今の予兆だったのかもしれません……いつかアイツは寝食忘れて、いや、寝食を捨てて配信にのめり込んでいくんじゃないかと、特に今日は鬼気迫るものがあって、こっそりついてきたんです。そしたら、貴方に会えた。最高のVtuberオタク、ウテウトに。だから、貴方にぼくの話を聞いてもらって少しでもヤミのこれからにヒントを、貴方の最高のコメントを貰えないかと」


 世界を揺るがす覆面シンガーが俺に頭を下げていた。


「てぇてぇっすね」


 参ったな。

 俺は、きょうだいてぇてぇってのに弱いんだよ。


 だから、


「そのてぇてぇ守らせてください」


 俺は、ファンとして全力で支えるだけだ。







 そして、


「おい、ヤミよ。配信ごっこしようぜ~」

「ルイジ……」


 俺は彼女の声を聞きにきた。

 支えるために。

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