88てぇてぇ『未来ってぇ、作り出していくもんなんだってぇ』

「ウテウトさん、うちの新人達、【ワル学】って知ってるッスか?」

「勿論」


 ワルハウスでの家事終わりに『相談がある』と榛名さんに言われた。

 そして、リビングでココアを飲みながら、榛名さんの質問に俺は頷く。愚問だ。


 通称、【ワル学】。


 【ワルプルギス学園】の略で、ワルプルギスの新人チームのグループだ。

 学校の各委員長的な立ち位置の五名で構成されている。


 【ワル学】メンバーとして、【生徒会長】みかどえぺら、【図書委員長】本屋しおり、【風紀委員長】破邪ルカ、【給食委員長】癒繰ゆくりクイナ、【体育委員長】亜瀬ひかる、という五人がデビューした。


 そして、その五人の指導者として、帝えぺらに高松うてめ、本屋しおりに楚々原そーだ、破邪ルカに神野ツノ、癒繰クイナに尾根マリネ、亜瀬ひかるに加賀ガガが付いて、それぞれ『お姉さま』と呼ばれている。


 所謂、師弟関係だ。ここにてぇてぇが存在する。


「……つまりは、学友てぇてぇ、師弟てぇてぇ、その他様々なてぇてぇが発生することが予想される新人グループで」

「も、もういい! もういいっす!」


 語り過ぎたらしい。シャバの普通は難しい。


「ま、まあ、アンタならそうですよね。ガッツリ知ってますよね。で、ワル学の破邪ルカさんと亜瀬ひかるさんが、オレの担当だったんスけど」


 破邪ルカ。

 ワル学の風紀委員長。青髪のポニーテール。

 かなりのツンデレキャラで、歌とゲームを中心に歌詞やキャラ、バックグラウンドにある蘊蓄を挟みながら配信をやっている知識系といったところだろうか。


「というか、『だった』?」

「実は、オレ、広報に回されることになりまして……スタッフとして……」

「あー、なるほど」


 ワルプルギスも大きくなって、Vtuber達が司会進行していくスタイルで全部やっていくのにも大変だ。

 インタビュアーや業務連絡等する為に、スタッフ側にも身体を与え、やっていくのは大手もやっている為、早めにやっておいた方がいいと進言しておいたけど、榛名さんになったのか。まあ、彼女の声はかっこいいし、出来る女って感じだ。声は。


「……今、なんか失礼な事考えてなかったッスか?」

「いいえ、全然」

「伊達にアンタの下について勉強してないっスからね。気を付けた方が良いっスよ」


 危ない危ない……そりゃそうか。相手の声や表情を普段から注意深く見てたら、そりゃ考えてることなんてなんとなく分かるよな。


「……言っておきますけど、アンタの場合は、読み取れ過ぎですからね。Vtuberの声と身体の微妙な動きの違いで体調の変化に気付くのはアンタくらいっすよ」


 ジト目で言われる。何故分かる?


「ま、まあまあ。で、ワル学がどうかしたんですか?」

「ええ。ワル学の全員がワルプルギスの本社に集まって、コラボがあるんス。で、オレも初めてVtuberとして参加するんですけど……ウテウトさん、一緒に来てもらえないッスか?」

「は? 俺がですか? なんで?」

「なんでって、その、それは……あれですよ……その……」

「え? なんです?」

「な、んで……この男は、こういう時は空気読めないんスか……! ああもう! オレが不安なんスよ! だから! ウテウトさんの力を借りたいんス! オレだって、アンタが凄いって認めてるんスよぉおおお!」


 立ち上がって真っ赤な顔で叫ぶ榛名さんに驚く。まさかそこまで買ってくれてるとは……。


 だが、ふと、気付く。あれ? 榛名さんフラフラしてない?

 もしかして、相談する緊張といきなり叫んだせいで酸素足りてない?

 俺は慌てて、榛名さんを支えようとするが、榛名さんは何を勘違いしたのか


「ハ、ハグはまだ早いッス!」


 と、俺の手を振り払う。だけど、態勢は崩れたまま。

 思いっきり俺の方に倒れて来てるんですけど!

 そして、もういつものパターン。


 榛名さんの大きめの胸が俺の顔に。もう慣れた。だから、もうドキドキもしなくなってきた。


「わ、わわわ! す、すみません!」

「大丈夫です。もうなんか慣れましたから」

「……! うぅう、それはそれでなんか複雑ッス……!」


 榛名さんが俺を睨みながらブツブツ言っている。


 いや、ドキドキしてたら、それはそれで困るでしょ。

 ……うん、ドキドキしてきた。胸の隙間から見える。静かに般若がこちらに向かっている。


「累児……また、その女とイチャイチャにゃんにゃんしてたわね……」

「してないんだよ、姉さん……」


 般若、別名、姉が、ゆっくりと俺に近づいてくる。

 最近、姉は嫉妬をコントロールすることを覚えた。

 と言うと、聞こえはいいが、


「累児、許してあげるから、姉さんと添い寝なさい。さっき一緒に寝転がっていた時間の百倍」


 俺が誰かと何かあった時に、それを上書き出来るような行為を求めてくるようになった。

 以前も、さなぎちゃんと手をつないだ時は大変だったなあ……。


 それにしても、さっきのが大体十秒足らずくらいか?

 じゃあ、1000秒。うーん、16分くらいか……。


「姉さん、俺、この年になって16分も姉と添い寝するのかな?」

「十六時間でもいいのよ?」


 なんの耐久、それ?

 姉さんはこうなると梃子でも動かない。諦めて、スケジュール調整する。

 出来るだけ、日中。

 夜になると、姉さんは寝たふりをして俺をがっつりホールドして離さなくなる。

 日中なら、仕事もあるし、しぶしぶながら離してくれる。そーだに頼んで時間になったら伝えに来てもらおう。


「あ、あの! うてめ様! オレもよかったら、添い寝……」

「貴方は十分いい仕事をしたわ……ありがとう……」

「は、は、はいッス……!」


 榛名さんは、一瞬で陥落した。そのうち、榛名さんを操ってあまえんぼタイムを意図的に作り出し始めるんじゃないかと不安だ。


 まあ、そんな事は置いといて。

 ワル学メンバーとのコラボか……楽しみだ。


 そして、迎えた当日。


『はい! では、自己紹介していきますか。ワル学生徒会長、【傲慢の帝王】帝えぺら! 目指すは、トップ! 皆と一緒に最高の景色を見たい』


『次はワタシね! ワル学風紀委員長! 【憤怒の女王】破邪ルカ! 清く正しく美しく! そして、悪には厳しく、ファンにも厳しく、でも、それを乗り越えられる君は大好きだよ』


『ワル学体育委員長ぅう! 【嫉妬の女傑】亜瀬ひかるぅう! 誰にも負けたくなぁい! キミの一番はアタシのものだぁあああ!』


『は~い、ワル学給食委員長~、【暴食の聖女】癒繰クイナ~。おなかいっぱいしあわせ~にするために、みんなでおいしくいただきまーす』


『ワ、ワル学図書委員長っ! 【強欲の魔女】本屋しおり、ですっ! ありとあらゆる物語の世界にあなたと一緒に旅立ちたいですっ!』


 五人の自己紹介が終わり、榛名さんの番だ。

 ちなみに、榛名さんは、天の声的な存在で、画面上に身体は存在するが、五人とは別の場所で喋っている。


「……はるなさん」

「ひゃい!」

「ミュート切って、自己紹介」

「あ、で、ですね! おほん……『皆さん自己紹介ありがとうございます。今回、司会進行を務めさせていただくワルプルギス広報のアド子です』」


 『アド子』は、会議で決まった名前だ。役割をはっきりさせた上で、タレントとの違いを明確に出す名前ということでこれになった。


『さあ、では、本日皆さんに集まってもらったのは他でもありません! 集まってもらったのには理由があります』

『だろうね。でなければ、わざわざ呼び出すことないからね。それで呼び出せばただの暇人だ』

『えぺら、それは辛辣すぎるわよ……まあ、ルカもそうは思うけど……』

『ぐぬ……! ま、まあまあ、そうッスね。というわけで、その理由とは……! 皆さんで理想の学校を作ってもらうということです!』

『はぁああああ!? じゃあ、アタシ達は学校がないのに、役職についてたって事ぉおお!?』

『あらま~、そりゃあゆくりもびっくりです~』

『あと、つまりは、どうしろということなんでしょうかっ?』

『説明しましょう。つまり……あれ?』

『『『『『あれ?』』』』』


 目の前の榛名さんが慌て始めた。


「ど、どうしたんですか……?」

「げ、原稿が、一枚だけないんす……! 多分、説明が難しいから何回も練習したとこが……」


 今から説明するはずだった『学校を作る話』の部分の原稿がないらしい。

 確かに『あれ』はしっかり説明する必要があるから、きっと沢山練習したのだろう。


 榛名さんは悔しさを顔に滲ませている。

 仕方ない……。ミスとは言え、頑張ってる人たちが悔しい事故を起こすのは本意ではない。


「榛名さん、今から俺が言う事を伝えてください。大丈夫、責任は俺がとるので」

「へ?」

「お願いします、俺を信じて……」

「……はい」


 俺は榛名さんの耳元に口を寄せ、話していく。


「ん、くっ……」

「くすぐったいかもですが、我慢してください」


 榛名さんは顔を赤くしながらも頷いてくれた。俺はゆっくりと話始める。


「皆さんは、学校にどんな思い出がありますか? いい思い出? 悪い思い出?」

『み、皆さんは、学校にどんな思い出がありますか? いい思い出? 悪い思い出?』


 これは、『理想の話』だ。


「色んな思い出や思いがあると思います。世界が目まぐるしく変化し、多様化していく中ででも、学校と言うのはほとんどの人が通った道と言えるでしょう」


 そう、ほとんどの人は。


「ですが、Vtuberになった人たちの中の一部は、学校そのものが好きではなかったという人や馴染めなかったという人もいます」


 さなぎちゃんはいじめに遭って、ひきこもって、Vtuberに出会った。


「何故か? 理由は色々あるとは思いますが、その一つに、時代に追いついていないのではないかと思うのです。最も流れが早いであろうメディアでは、テレビの力が弱まり、動画サイトがよく見られるようになり、タレントが動画サイトに参入し始め、Vtuberがどんどんと台頭してきています。何故か? シンプルにその流れが今の流れだからです」


 今、世界はとんでもない速さで変わり始めている。

 そして、その流れの中に確実に、Vtuberが居る。


「学校は今の流れに乗れているのでしょうか? 社会に必要な場所になれているのでしょうか? 塾や通信教育よりも有益な、誰にとっても『勉強になる場所』になれているのでしょうか?」


 色んな問題があり、今の学校が難しい事は知っている。だったら……だから、やれることがあるんじゃないかと思った。


「ワルプルギスは、明るい未来で、Vtuberが楽しく活動する為に、新しい学校を、教育を、提案したい! それがワルプルギス学園プロジェクトなのです!」


 これは『理想の話』だ。

 だが、Vtuberの力ならいつか出来ると俺は信じてる。

 Vtuberの力で行きたくなる、意味のある学校作りが。


 俺は、榛名さんの耳に再び口元を寄せ、


「もう、今ある原稿のところまで行きましたかね?」

「……ア、アンタ、なんでこれをそらで……」

「ああ。それ、会議で俺が提案した企画なんで……」

「はぁああああああ…?」

「ほら、みんな、待ってますよ」


 榛名さんは、慌てて原稿を読み始める。

 そして、Vのみんなも説明を聞いて感じるところがあったのか、真剣に耳を傾けてくれているようだ。時折、質問までしてくる。

 そして、自分の学校の思い出はどうだったとか、どうして欲しかった、どうなったら楽しそう。色んな意見が出て、盛り上がりながらその日の配信は終了した。


 帰り道、榛名さんに質問攻めにあう。


「ど、どういうことなんスか!? あの企画は全部アンタが!?」

「いや、全部ってわけじゃないですよ。原案です。原案。まあ、破邪ルカさん含め、今期の新人のキャラクターは俺の原案が採用されましたけど」

「はあ!?」


 まずは、Vtuber学園の生徒を生み出す。

 そして、その先にいる教師Vtuberの展開。

 将来的には、教育そのものに携わるVtuberによる学校を提案した。


 きっと、これからの時代はVtuberのてぇてぇが世界を救うと俺は本気で信じてる。


「友情、愛情、信頼……そういった絆が弱まっている今だからこそ、きっと『てぇてぇ』をみんなが大切にすれば、もっともっと世界は楽しくなると思うんですよね」

「……アンタ、どこまでやるつもりなんスか?」

「ん~、Vtuberがてぇてぇ配信出来るのであれば、どこまでもやるつもりですけど?」


 榛名さんが口をパクパクさせている。

 けれど、俺は本気だ。


 世界中の人間がVの身体を持つことになれば、俺は世界中を応援し、世界中がてぇてぇに溢れればいいなと思ってる。勿論、出来る範囲で、そして、推したくなる人を優先的に、だけど。


 Vtuberのみんなにとって、生きやすい世界を俺が作ってあげたい。

 ただ、そう思ってるだけだ。


「そうだ。それより、榛名さん。俺が行ってしまう前に、全部教え込みますからね。ちゃんと覚えてくださいよ」

「あ、わ、分かってるッスよ! アンタがいなくても大丈夫ってトコロを見せてやるッス。そういえば、うてめ様も明日が最後の配信でしたっけ? ……もう荷物とか準備とか終わってるんスか?」

「いえ、ギリギリにしようかと。みんなにはバレて泣かれても困るから内緒にしてますし、ね……」

「そうっスか……四日後ですよね?」

「ええ……」


 榛名さんが寂しそうな目をしている。

 やめて欲しい。別に今生の別れじゃないんだから。


 俺達は、Vtuberの未来を話しながらワルハウスへと帰って行った。

 きっと、未来は明るい。

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