87てぇてぇ『受験生勝手に応援特別編後半・ガガってぇ、がんばれ屋なんだってぇ』

「あ、あ、う、う……」


 受験前日。瀬川さんは死ぬほど緊張していた。


「っていうか、受験前日まで【フロンタニクス】の事務所に来るかね」


 俺がそう言いながら瀬川さんの分のチャイを置くと、瀬川さんは両手でそれをこくこくと飲み、ほうぅっと息を吐いて、俺を睨む。


「だって……パワー欲しいでしょうが」


 なるほど。

 【フロンタニクス】に来て、Vtuberのパワーを貰おうと。

 その気持ちは分かる。俺も何かと勝負の日はVtuberの声を聞いて出かけていた。

 ここの面接の時も高松うてめの声を聞いてから出発してた。

 その日の配信は、凄く複雑そうな顔でやっていたが、深くは考えまい。


「あああああー! ぎんんぢょうずるぅうううう!」


 瀬川さんが震えている。勉強しに事務所に来るくらい、なんというか、度胸のある子なんだけど、やっぱり緊張はするんだろうな。


「どうじだらいいでずが!? でんどうざんっ!」


 声がヤバい。俺は、少し笑って、出来るだけゆっくりと話してあげる。

 れもねーどもそうだけど、焦ってる相手のペースに合わせすぎると、互いに心拍数と喋るペースが上がって止まらなくなる。目を見て、相手の吸うタイミングに合わせて言葉を切り、出来るだけゆっくりと話す。


「まず、ゆっくりと息を吐こう。出来れば、吸う息の3~4倍。最初は難しいかもだから、1.5倍や2倍でもいい。そうすると、自然とリラックス出来てくる。これは大学の論文でもあったデータだから安心して良い」


 出来そうにない事はやらせない。信用できそうなデータで説明する。

 ゆっくり頷くような動作で話しかける。怒りっぽいれもねーどを落ち着かせるために学んできた方法がこんなところで役立つとは。


 少しずつ息が整ってきた瀬川さんを見ながら、俺は続ける。


「出来た。おっけ。で、受験の時も、緊張したらゆっくり息を吐く。で、逆になんかふんわり、ぼーっとしてる気がしたら、しっかり息を吸う。これだけで変わってくるから。あとは……」


 俺は机に広げたノートや参考書を手に取って瀬川さんに見せつける。


「頑張ってきた自分を信じて。やれるだけやってきな。……まあ、最悪ダメだったとしても、一生懸命やってきた姿は親御さんも見てくれてるし伝わってると思う。それでもダメなら、俺も一緒に説得してやるよ」


 精一杯気取って言うと、瀬川さんは、じいっと俺を見て、顔を真っ赤にして吹き出す。


「ぶふー! 説得してやるよって……! か、かっこつけすぎ……! ひぃ……ひぃ……はぁあああ、笑った~……うん、じゃあ、お願いしようかな」

「おう! まかせろ!」


 見えない未来の不安が動けなくする事なんていっぱいある。

 Vtuberなんて仕事は特にそうだ。だから、少しでも明るい未来を想像させる。その想像がパワーに変わるから。


「そうそう、これ」


 俺はもう一つ準備しておいたものをとり出す。


「ん? スマホですか? なんで?」


 俺はスマホを操作し、動画を見せる。多分、この子は見てなかっただろうから。

 それは昨日の配信の切り抜き。


「これって、ピカタさん?」


 そう、画面に映っているのはピカタ。昨日、連絡があった。『今回の雑談配信は絶対見て』と。

 まあ、最近毎回感想を聞かれるからチェックはしてるんだけど、見て笑った。

 それは手紙だった。


『苦しい事も辛い事もめんどくさい事もいっぱいあってそれでも頑張ってきたと思います。そんな貴方をワタシは応援してるから、がんばって、受験生』


 そう、受験生への手紙。ピカタのお手紙は時折あるのだが、いつもの元気な配信と違い、手紙の配信の時だけ素に近づいてしまう。それを知らないファン達は、手紙テンションのギャップに盛り上がるのだが、今回も案の定盛り上がった。そして、


「う、ううぅうう、びがださぁあああん~……!」


この子の気持ちも盛り上がったようだ。【フロンタニクス】に入りたくて、夢を諦めきれなくて高3で応募してきた瀬川さん。その切欠はピカタだったらしい。


『いや~、ほんと偶然ですよ。偶然、アタシの送ったコメントがピカタさんに読まれたんですよ。アタシもVtuberになりたいんですけど、どうしたらいいと思いますか? って、そしたら、何て言ったと思います? ワタシは頑張る人の味方だから応援してるって、言ったんですよ! ……いやー、アタシ単純なんで、フロに入ろうって、んで、親も説得して! はは、ウケるでしょ?』


 瀬川さんはそう言っていた。それはピカタにも教えてやった。そしたら『そ……』だけ言って口をもにゃもにゃさせてた。


「ピカタさん……」

「あと、これは新野さんから」


 俺は新野さんから預かった水色の便箋とお守りを渡す。

 瀬川さんは、もう感極まり過ぎて涙と鼻水がヤバい。この子がVになったら絶対楽しいだろうな。


 きっと、世界中でこうやって、頑張る人を応援してる人、家族や友達や見知らぬ人がいて、それにこたえようと頑張る人がいる。その中にVtuberもきっといる。

 俺はそのことが堪らなく嬉しい。


「俺も、応援してるから。やれることを、やるだけだよ」


 瀬川さんは、涙を拭いて、にかっと笑ってくれた。


「ういっす! あの、天堂さん……お願いが……その、この、水筒、明日ここ寄るんで、アタシの大好きな……チャイを入れてもらえませんかね。あと、応援の気持ちをですね……その、えーと、この、紙にでいいんで『がんばれ!』って書いてくんないですかね?」


 顔を真っ赤にしてルーズリーフを差し出してくる瀬川さんに俺は思わず笑ってしまい、ぽかりと殴られる。


『がんばれ!』


 そう念を込めてデッカく書いた紙を大事そうに抱え、瀬川さんは笑った。




 そして……。


「やった! やった! やりましたよぉおおおおお!」


 【フロンタニクス】に叫びながら飛び込んでくる瀬川さん。この無鉄砲な感じが彼女らしいというか……しかも、両手を広げた社長の前を素通りして、俺の所に走り込んで飛び込んできたんだが……。


 まあ、教育係の特権という事で今は彼女の頑張りと喜びを噛みしめさせてもらおう。

 飛び込んできた彼女はよほど興奮していたのかとても熱くて、


「やりましたよ! アタシ! ほら! 褒めて! ほめてください!」

「よくやった! がんばった! 流石瀬川さん!」

「にっひい~、これからよろしくお願いしますね! 天堂、せんぱい!」






「……あんなに、かわいかったのになあ」

「いや、今でもかわいいでしょうが! おかわり!」


 思い出を語りながら朝食を食べていると、ガガが心外だと言わんばかりの声量でおかわりを要求してくる。胃が痛いんじゃなかったのかよ……。


「今日は! 気合入ってるんですよ! 配信に! んぐんぐ! ご馳走様! おいしかったです! せんぱい、全部食べたよ! ほら、褒めて!」

「よく食べたな、えらいぞ、ガガ」

「でしょ! じゃあ、頑張れって言って!」

「がんばれよ、ガガ」

「あったりまえでしょおおお!」


 そう言ってガガは、自分の部屋へと戻っていく。


「気合入ってるねえ、ガガ」


 そう呟くのはツノ様。

 今日は珍しく全員揃っての朝食だった。ガガの声がデカかったせいだろうか。


「アタシは、大学行ってないからわかんないけど、そんな大変なんですかノエ先輩」

「そうね……ノエは……二浪して大学いってるから……苦しみは、よく分かるわ……」

「ワタシは、大学一発合格」

「流石、マリネさん……! さなぎは行ってないです……うてめ様も確か大学は……」

「ええ。私も、声優学校に行ったからいってないわね」

「そーだは一浪してますね。だから当時のガガちゃんの苦しみはよく分かりました」

「ふ~ん、なるほどね。まあ、ツノ的には頑張った人はみんな報われてほしいけど、そう簡単にはいかんって事かあ……ご馳走様~」

「そうね……でも、個人的にはあの時地獄を頑張ったってことはノエの今に繋がってるわ、ふふふ……ごちそうさま」

「あの時のガガは可愛かった……ごちそうさま」

「うわああ、それ見たかったです! あ、でも……もしかしたら、今もガガちゃんみたいな子が頑張ってるかもですよね! ごちそうさまでした!」

「累児の喜びが増えるのならなに、よ、り、よ……! ご馳走様」

「あらら、うてめお義姉様、血の涙が……。でも、合格出来ても出来なくても頑張った事は褒めてもらいたいでしょうし、応援してくれるのは嬉しいと思いますよ。ご馳走さまでした」


 そう言ってみんなはそれぞれの部屋に戻っていく。今日も彼女達は誰かの元気になる。

 それを応援するのが俺の役割だ。今日の夕食は何にしようか、そうだな、カツもいいかもしれない。マリネが喜びそうだ。

 俺はそんなことを考えながら、皿を洗い始める。

 スマホの中では、元気なクソガキVtuberが楽しそうに叫んでる。


『おおおおい! 受験生! きっとガガのチャンネルなんて見る余裕ないだろうけど! 応援してるからな! ガガはみんなを応援してるから! ががががががががががががががががががががががんばれ! 受験生! がんばる奴はかっこいいぞ! にひ!』


 ほらな、コイツもやっぱり最高のVtuberだ。

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