83てぇてぇ『挨拶ってぇ、いつか言いたいんだってぇ』

『Vtuberを愛しているからこそ手なんて出さないんだろうがぁあああ!』

『じゃあ、何やってたんだよぉおおおお!?』

『ご飯作ったりとか、お風呂入れたりとか、マッサージとかですよぉおおおお!』

『ほぼヤッてんだろうがぁあああああ!』

『ヤッてねえっつってんだろお! 頭ん中ピンクか! ぼけぇええええええ!』


 社長室の前で私はその大声に驚いて逃げてしまった。

 天堂さんが社長室から出てきたら、ご飯でも誘おうと思っていたのに。


 最近の天堂さんは大変そうだった。

 れもねーどさんが天堂さんをこき使っているみたいだと思ったら、マネージャーが二人体制になり、天堂さんはサブに。

 その上、新人Vtuberのサポートもさせられ、その他の雑用もしていた。

 それでも、天堂さんは一生懸命やっていた。

 声を掛けても、


『天堂さん、大丈夫ですか?』

『おう、この後配信見たいし、速攻で終わらせるから平気平気。まあ、最悪配信流しながらやるよ』


 天堂さんらしくはあったけど、疲れは見える。

 あれだけ、健康管理に気を付けていた人が。


 だから、お疲れな天堂さんの為に美味しいご飯を振舞おうと思っていた。


『天堂さん、本当にお疲れ様です。ちょっとでも元気出してほしいので良かったら』


 と、言うつもりだった。

 だけど、待っていた社長室からは言い争いの声が聞こえ、私は逃げ出してしまった。

 何て言っていたかは分からない。

 けれど、あの天堂さんが怒っていた。


 そして、天堂さんがクビになった。

 あのあとどうしようと悩んで時間を無駄にし、担当の事打ち合わせ終わったらすぐに話をしに行こうと思っていたら、天堂さんはあっという間に片づけて、去ってしまっていた。

 空っぽのデスクがあった。


「荷物の一つでも忘れて行ってくれたら届けに行けたのにな……」


 その後、社長に直訴してみたが、受け入れてもらえなかった。

 そして、天堂さんが育てていた新人達の脱退。

 ピカタさんを社長が襲う事件。

 本当に色んな事が起きた。


 天堂さんは、不思議な人だった。


 あの人が居なくなった途端、色んなことがうまくいかなくなった。


 社員同士で揉めることも増え、トラブルも起き、その対応に追われた。

 Vtuberの皆さんも、れもねーどさんを中心に体調を崩す事が増え、今までほとんどなかった身バレや住所バレが頻発し、炎上もしばしば、その対応も後手後手で散々だった。


 メモを見返して思う。

 天堂さんは、何かトラブルの予兆に気付いて先に火種を消していたんじゃないだろうか。

 多分、耳。

 私のメモには、『天堂さん、急な行動前に、耳がピクピク?』と書いてあった。

 声で気づいていたんだ。


 私の教育係だった時に、私が疲れていることに気付いて、聞いてみたことがあった。

 その時に言われたのだ。


『ん~、声が疲れた感じだったから?』


 疑問形だったので、思わず突っ込んでしまったけど、Vtuberが好きだという天堂さんは多分、声で読み取ることが出来たんじゃないだろうか。


 イライラしている人を。

 焦っている人を。

 困っている人を。


 そして、いち早く助けていた。


 天堂さんは不思議な人じゃなかったんだ。

 ただ、単に本当にVtuberが大好きで、大好きすぎて凄くなった人なんだ。


 【フロンタニクス】の潤滑油になってくれていたんだ。


 そして、潤滑油としての役割を天堂さんに任せっぱなしだったことに気付いた私は、天堂さんの生徒としてなんとかしようと頑張ったけど、ダメだった。


 その前に、タレントのリキッドさんと、社長がやらかした。

 それによって、【フロンタニクス】は終わらせざるを得なくなった。

 社員は【ワルプルギス】の面接を受けないかと声を掛けられたけど私は断った。


 もっと、疲れたい。


 もっともっと、がんばって、疲れて、一生懸命やった先に、あの人が居るような気がするから。


 あの言葉を言ってくれそうな気がするから。


 先に辞めたピカタさんのマネージャーだった大先輩浦井さんも推薦してくれていたらしいけど、お断りした。

 そして、私は、出来たばかりの【めたばあ】に入ることにした。


 ちょっと手探り感のある研修を受け、実際の業務とかなり不安いっぱいの二度目の新人社員となった。


「やあ、君がボクの担当かな? 丸尾るか、だ。ボクの野望に力を貸してほしい。打倒【ワルプルギス】の為に、愛する者を取り戻す為に、共に、この事務所を最強にしていこう」


 丸尾るかさんと二人三脚で、【めたばあ】のエース、看板Vtuberになれるよう頑張り続けた。


「丸尾さん、おつかれさまです。お弁当作ってきたんで食べてくださいね」

「ありがとう、君のお弁当はなんだか懐かしい味がしてね。普段はカロリーバーですませるんだが、なんだか君のごはんは食べたくなってしまう」

「私の先生直伝の自慢のレシピです。良く噛んで食べて元気になって下さいね。最近寝不足でしょ?」

「ぐぬ……。良く分かるね。君は察しが良すぎて困る。社員のみんなも不思議がってたよ。なんでそんなに『分かる』のかって」


 何故私が分かるのか。それは、


「料理と一緒ですよ。どれだけしてるっていうか、見てるか。私、本気で見てますから皆さんのこと」


 そう言うと丸尾さんは目を丸くし、そして、笑った。


「ああ、そうか。君は似てるんだな。ボクの愛する者に。でもまあ、無理はしないでくれよ」

「それは、お互い様ですよ。私は知ってますからね。Vtuberの、企画考えるのとか、体力とか、メンタルとか、その大変さを。おつかれさまって本気で思うので。『ありがとうございます』って気持ちですからね」

「……本当に、嫌になっちゃうな。分かったよ、ちょっと休もう」

「はい、丸尾さん。おつかれさまです。また、元気になったら頑張りましょう」


 ソファで眠ろうとする丸尾さんを仮眠室まで無理矢理連れて行き眠らせる。

 そして、Vtuberのチェック。栄養もちゃんととって、私も仮眠をとろう。


 社員のみんなは、Vtuber狂いと呼ぶけれど、本物はこんなもんじゃない。


 ずっと感謝してるし、労いたい気持ちでいっぱいだ。


 Vtuberの事が本気で大好きで、一生懸命応援して、心配して、考えているから、感謝と労いの気持ちでいつもいっぱいだから、あんなにステキな『おつかれさま』が言えるようになったあの人に本気で伝えたい。


 最後に、丸尾さんの直近のアーカイブを見て、自分なりの意見をまとめたメモを置く。


「……配信おつかれさまでした。ありがとうございました」

「君はそれを毎回言うのかい?」


 気付けば、丸尾さんが起きて私の後ろに立っていた。


「君は、不思議だねえ」

「不思議、ですか? 普通ですよ」

「不思議が普通に出来るから不思議なんだよ、全く……では、忍野マネージャー、そのメモいっぱいに書かれた内容を参考に、意見を交わそうじゃないか」


 そして、私は丸尾さんと長時間の大激論を交わし、待ち合わせに遅れかける。

 今日の待ち合わせは、大手他事務所とのコラボの話なのに、こういうところがまだまだだ。

 間に合ったけど、向こうの方が先についてしまっていた。

 遠めでも色気が香るような女性と、もう一人…………。

 目が合うと、私は慌てて名刺を取り出し、挨拶を


「お世話になっております。【めたばあ】の忍野です」

「【ワルプルギス】の黒川です」


 社長自ら来てくださった、緊張する。

 そして、もう一人、目の前にいるのは、こう言っちゃなんだけど、普通の顔の男性、でも、普通じゃないVtuber狂いの人。


「おつかれさまです。【めたばあ】の忍野と申します」

「おつかれさまです。【ワルプルギス】の相談役をしております、天堂です」

「え? 二人はお知り合い?」

「「はい、ねえ? おつかれさまです」」


 随分と遠回りしたけれど、頑張り続けていれば、きっとこの世界で会えると、挨拶を交わせると信じてましたよ。


 不思議で不思議じゃない人。


 挨拶を、言葉を、大切にする人。


 『おつかれさま』がステキな人。



 天堂さん。本当に本当におつかれさまです。


 これからも一緒にVtuberの為に頑張りましょうね。

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