クビになったVtuberオタ、ライバル事務所の姉の家政夫に転職し気付けばざまぁ完了~人気爆上がりVtuber達に言い寄られてますがそういうのいいので元気にてぇてぇ配信してください~
82てぇてぇ『挨拶ってぇ、いつも言ってるんだってぇ』
82てぇてぇ『挨拶ってぇ、いつも言ってるんだってぇ』
【忍野小町視点】
『Vtuberを愛しているからこそ手なんて出さないんだろうがぁあああ!』
『じゃあ、何やってたんだよぉおおおお!?』
『ご飯作ったりとか、お風呂入れたりとか、マッサージとかですよぉおおおお!』
『ほぼヤッてんだろうがぁあああああ!』
『ヤッてねえっつってんだろお! 頭ん中ピンクか! ぼけぇええええええ!』
社長室の前で私はその大声に驚いて逃げてしまった。
その、一年前。
【フロンタニクス】、当時勢いのあるVtuber事務所の社員として私は入社した。
正直、Vtuberというものがイマイチ分かっていなかったけれど、大学の先生に薦められというのもあり選んだ就職先だった。
まだまだ発展途上の業種だったことで、ちょっと手探り感のある研修を受け、割とすぐに実際の業務、とかなり不安いっぱいの新人社員だった。
「あ、どうも、えーと、忍野小町、さん? の、教育係に任命されました天堂累児です。よろしく」
私の教育係は、こう言っちゃなんだけど、普通の顔の男性、でも、普通じゃないVtuber狂いの人だった。
「Vtuber知らない!? そっかそっか、いいよいいよ、何から説明しようか~?」
Vtuberについて本当に何時間も話し出しそうな人。
っていうか、何時間も話す人だった。
変な先輩、天堂累児さん。
私は、一年目は、様々な業務を覚えて、タレントさんと会う時には同行するって感じだった。
先輩である天堂さんの後について、ひたすらメモをとりまくった。
とにかく大変なのは、会社全体の時間感覚が夜型なことだ。
タレントさんの多くの活動が夕方から夜になるから必然的に社員の動きも遅くなる。
正直、健康的な生活ではないから、最初の頃は体調を崩す事も多かった。
事務等の業務は特に不安はなかったけど、先輩たちの話を聞くと、タレントさんについての関わり方がやっぱり大変そうだった。
タレントさんによって関わり方がピンキリだし、体調管理やメンタルケア、守秘義務等のルールを守ってるかチェック、住所とかバレた場合は、一緒になって引っ越し先を探したり、とにかく色んな業務があった。
「よし、終わったー。忍野さん、ありがとね。おつかれさまでした」
天堂さんは、何事もそつなくこなすって感じの人だった。
凄く出来るってわけじゃないけど、出来ないものはないし、とにかくトラブルやミスが少ないって感じだった。
勿論、トラブルなんてなければないほどいい。私はその理由を知りたくて、よく天堂さんを観察していた。
すると、天堂さんは良く分からないタイミングでたまに動き出して、急に他の社員さんとかに話しかけているのが他の人と違うんじゃないかということに気付いた。
「いや、だからなによ。理由になってないじゃない……」
天堂さんは不思議な人だった。
理解不能なタイミングで動き出し、理解不能なレベルでVtuberを見ている。
イベントとかで見かけるVtuberさんみんな知ってるし、みんなと仲がいい。
不思議だ。
あと、いつもお弁当だ。
「天堂さんってお弁当なんですね」
「んん? ああ、うん。俺の担当に、可能な範囲で届けてるから、その残り」
料理がうまい。
「っていうか、タレントさんにお弁当作ってるんですか!?」
「あ、あ、うん。だって、ほっといたらファーストフードしか食べないんだもん、れもねーど。栄養バランス考えたのを作るようにしてる」
料理がうまい。うまそう。
「え? 食べる?」
「いやいやいや! でも、これ天堂さんのじゃ……」
「いいよいいよ、俺適当に買って済ませるし、人が食べてくれるの好きだし、忍野さんもあんまちゃんとしたもん食べてないんでしょ」
「なんで分かるんですか!?」
確かに最近はファーストフードが多い。身体が重くてごはんを作る気になれない。
でも、タレントさんの配信は見なきゃだから、持ち帰って食べるようにして、となると、コンビニ弁当か、丼か、ファーストフード。
そういう意味では天堂さんは本当にすごいと思った。お弁当まで作るなんて。
「まあ、配信見ながらご飯作るの好きなんだよね。……あと、作っておかないと姉からちゃんとごはんは作った方がいいわよって連絡来るから」
弟想いのお姉さんだ。
でも、なんで作ってないことが分かるんだろ?
天堂さんのごはんは美味しかった。
すごく見た目が良いとかお洒落じゃないけど、なんだろうじんわり身体に沁み込む感じだった。
「あ、そういえば、この前はサンドイッチをピカタさんにあげてましたね」
「ああ、そうなんだよ。ピカタさんも美味そうに食べてくれてさ。まあ、それでピカタさんのご飯も浦井さんに時々でいいからって頼まれて」
いや、私も出来るならお金払ってでも頼みたいくらいだ。
「まあ、なんでもそうだけど、特にさ、Vtuber関連は夜型になるから身体が資本だよ。俺もマジで体調管理には気を付けてる。まあ、自炊もその一環でもある。っつーわけで、ちょっとご飯買ってくるからゆっくり噛んで食べてて。すぐ戻るから!」
そう言って天堂さんは走って出て行った。
私も、自炊をしようかな。
そしたら、天堂さんにレシピも聞けたりするしな。
その日から私は自炊を始めた。
天堂さんは色んなレシピをくれた。
いちいちレシピの隅っこにVtuber情報を入れて布教しようとしてくるので笑ってしまった。
あと、毎回、レシピの入った封筒に、小さいメッセージカードで『今日もおつかれさま』って書かれていたのがかわいかった。
天堂さんは不思議な人だ。
担当のタレントさんは、小村れもねーどさん。
結構、気難しい性格と言われていたけど、天堂さんはうまくやっていた。
『もう! なんなのよ! あのコメント! 最悪! あんな事言うなら配信見にこないでよ!』
その日は、リモートで配信後の反省会だった。
私は、れもねーどさんの剣幕におされて、胃がじくじくした。
けど、天堂さんは画面の向こうの彼女をしっかり見て、
「れもねーど、おつかれ。よく頑張ったな」
そう、言った。
れもねーどさんはその一言で、悔しさを滲ませながら涙を流した。
そして、ゆっくり涙と一緒に自分の気持ちを吐き出していった。
天堂さんは、不思議な人だ。
他の人とはどこか違う。
それがどうしてか、一つ分かった。
おつかれさま、だ。
天堂さんの『おつかれさま』には気持ちがある。
業務的な挨拶じゃなくて、心から相手をねぎらう気持ちが。
その後、配信の反省、そして、今後に生かせる案を出し合って、れもねーどさんも天堂さんも私もノートにいっぱい色んな事を書き込んで、その日は終わった。
「忍野さん、おつかれさま」
「天堂さんのお疲れ様ってなんでそんなにリアルなんですか?」
あ。
気付けば、口に出していた。
でも、不思議なんだ。
みんな言ってることだ。おつかれさまなんて。
でも、天堂さんのおつかれさまは、みんなと違う。
天堂さんは、ちょっと目を見開いて、そして、少し笑って言った。
「ん~、料理と一緒かな。どれだけしてるかっていうか、言ってるか。俺良く言ってるもん、心から」
よく、心から、言っている。
「沢山いるVtuberのさ、企画とかさ、体力とかさ、メンタルとかさ、その大変さを知ってるからさ。おつかれさまって本気で思うよね。ああ、あとは、『ありがとう』って気持ちもあるからかな」
ああ、なるほど。この人は本当にVtuber狂いなんだ。
「いつも感謝してるし、労いたい気持ちでいっぱいだから」
Vtuberの事が本気で大好きで、一生懸命応援して、心配して、考えているから、感謝と労いの気持ちでいつもいっぱいだから、あんなにステキな『おつかれさま』が言えるようになったんだ。
「じゃあ、配信見終わった後、毎回言ってるんですか?」
「言ってるねえ、配信おつかれさまでした。ありがとうございましたって」
「あははは! 天堂さんってほんと不思議です!」
「不思議? え? なんで?」
天堂さんは不思議で不思議じゃない。
挨拶を、言葉を、大切にする人。
『おつかれさま』がステキな人。
尊敬できる先輩。
「あー、笑ったぁ。じゃあ、私、今日は帰りますね。天堂さん」
「んあ?」
「おつかれさまでした!」
私が全力でそう言うと天堂さんはにこりと笑って
「おつかれさま。明日もがんばろう」
そう言ってくれた。絶対、心から言ってくれた。
「心こもってる感じがします」
「マネージャーだって、大変だってこと知ってるからね」
そう言われて、笑いあって、それから、私は、天堂さんの教育係が終わっても、帰りには天堂さんを見つけるようにして、挨拶をしてた。
「天堂さん、おつかれさまです」
「忍野さん、おつかれさま」
心のこもったおつかれさま、それだけでパワーがわいてきた。
それが私のルーティーンになっていた。
天堂さんは不思議な人だ。
なのに。
そんな天堂さんは【フロンタニクス】を追い出されることになった。
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