80てぇてぇ『ウテウトってぇ、全肯定彼氏じゃないんだってぇ』

【榛名千代視点】




「なので、フライパンは最終的に6つですね。余った分を俺は食べてます」


 この男はなんなんだ?

 オレは目の前で繰り広げられている光景に驚く。

 オレは料理もする。料理出来る方がモテたから。女の子がキャーキャー言ってくれたから。

 だけど、コイツのは何て言うんだろうか。オレの思ってる料理じゃなかった。

 別にかっこいいお洒落な料理じゃない。今日もただのカレーだ。

 ただのカレーなんだけど


「じゃあ、榛名さん。これはうてめ様の分です。こっちはさなぎちゃんの分。ツノさんとマリネの分は、下ごしらえだけして置いておきます。二人は今日はもうちょっと後で食べるので」


 熱量が凄い。一皿一皿それぞれの為に作っている。

 ベースが一緒と言ってたけど、そこまで変えたらもう別のものじゃないだろうか。

 しか、めちゃくちゃいい笑顔で……


「ルイジさん、私これ持っていきますね」

「いや、タレントさんに……」

「ああ、頼むわー」

 

 ウテウトはそーださんに何も気にせず運ばせた。

 やはりコイツは駄目だ。自分でも出来るろう。何故わざわざさせる?

 男性の方が上だと思ってるのか。


「こらガガ! 野菜どけるな! それだけ刻んでまだ不満か!」

「げー。先輩うるせー」

「うるせーじゃない! 残さず食べろ!」

「ちょっと! いいじゃないっすか! 食べたくないんなら食べなくても! ウチのタレントに突っかからないでほしいっす!」


 ガガさんに強く当たるウテウトを止める。ただでさえ、ストレスが大変な業界で撃たれ弱い人多いんだから、ちゃんとケアしろよ!


「あ、あー、千代さん、だいじょぶ。食べるから、うん」


 ほら! ガガさんが気を使って食べ始めた。

 ウテウトはそれでいいと言わんばかりに強く頷いている。

 ガガさんはじっとウテウトを見ていて何か言いたそうだけど、オレに気を使ってかチラチラこちらを見ていいにくそうだ。大丈夫っすよ、オレが後で厳しく言っておきますから。

 オレのアイコンタクトが伝わってなかったのか、ガガさんがしょんばりしながら部屋に戻っていく。あー、かわいそうに。

 オレは、一言言ってやろうとウテウトを睨みつける。


「アンタね、タレントのことなんだと思って……」


 その時、オレのスマホがなる。担当しているVtuber、破邪ルカさんからだ。


「ちょ、っとまってください。もしもし、こんばんは!」

『こ、こんばんは』

「どうされましたか!?」

『あの、送った企画って、どう、でしたか?』


 企画。ルカさんが送ってくれたあの企画か。


「最高でしたよ! 文句なしっす! 流石ルカさんっす!」

『そ、そうですか。よかった』

「はい! なので、自信持って頑張って続けていきましょう」

『あの、前回、わたし配信失敗して』

「大丈夫っすよ! 人間だれしも失敗なんてあります!」

『あ……はい』


 まただ。ルカさんは『あ……はい』とよく言う。あの空白はなんなのだろう。

 オレの言葉の何がいけなかったんだろう。何も否定的な言葉は使ってないと思うんだけど。事務所に入った時の研修でも担当のメンタルケアは注意しろと言われた。

 特に新人は、失敗、事故、炎上が起きやすい。起きないようになることがプロとして一番だけど、そこに至るまでフォローするのは自分たちの仕事だと。

 だから、いろんな大好きなVtuberさんはいるけれど、ルカさん優先でやってきた。

 けれど、ルカさんの心はどんどん離れている気がする。


「あ、あの! ルカさん」

『はい』

「あ、えっと……ルカさんの配信いい感じっすから、これからもがんばっていきましょう!」

『あ……はい、じゃあ、お疲れさまでした』


 また……。

 オレはスマホをそっとしまおうとするが、何かもしかしたらこのあとに連絡が来るかもと暫く見つめていた。連絡は、こなかった。

 リビングに戻ろうとするとガガさんがいた。

 思わず隠れてしまう。隠れる? 何、自信失ってるんだ、オレ。


「ねえねえ先輩! 昨日の配信どうでした?」

「どうの前になんだよ、あのミスは、あんなの許されるの新人くらいだぞ」


 また! アイツは!


「お前はもうワルプルギスの顔の一つなんだから、みんなの見本にならなきゃダメだろ」

「うう~、そうだね。ごめんなさい」

「いや、ごめんなさいなんていらん。今後ないようにしていい配信してくれればそれでいいから、な」

「うん、ありがと」

「んで、じゃあ、ガガ的にはどうだった?」

「……冒頭のミスはマジでアタシがやらかした。事前準備しておけばあんなことにならなかった。配信スケジュール出た時点で準備しておくべきだった」

「そうだな、それができたら偉いぞ」

「中盤のあの返しは良くなかった?」

「あれは最高だったな。だけど、それで調子に乗っただろ、そのあとのコメントへの返し、あれはないと思う。お前ならもっと良い返しできたって」

「そっか……じゃあ」


 なんで。

 なんで、あの人は、あんなにVtuberとアツい話が出来てるんだ?

 あんな、てぇてぇ感じで話を……。

 オレだって、ルカさんと……。


「あ、そうだ! 先輩、今日ちゃんと野菜食べたでしょ、褒めて!」

「お前、何か言いたそうだったのそれかよ……うん、よく食べたな。偉いぞ」

「うへへ~。よっし元気出た! じゃあ、ちょっと明日の準備してから寝る!」

「おう。あ、歯は磨けよ」

「うっせー」

「おい!」


 ガガさんが去っていく。その後ろ姿はわくわくに溢れていて、

 オレがリビングに姿を現すとウテウトは気づいて、


「あ、榛名さん、電話終わりました? じゃあ、ご飯にしましょっか? 社長からは一応聞いてますけど、人参が苦手なんですよね?」


 カレーの準備を始めた。

 なんで……なんで……。


 オレの視線なんて気づかないかのように、ウテウトはカレーを温め、ごはんをつぎ、


「ごはん、これくらいで大丈夫です?」

「っす」


 オレの前にカレーとスムージーを置いてくれた。


「で。なんか聞きたいことがありそうでしたけど」


 なんで……。


「オレとあんたでは何がそんなに違うんでしょうか?」

「へ?」


 なんで……。


「オレはVtuberに救われました。元気を貰いました。だから、Vtuberを応援したくてこの事務所の面接受けて、Vtuber愛ならあるはずなのに……なんで……!」

「まあ、食べてください」


 ウテウトに促される。腹は立ったけど、減ってもいる。

 オレはカレーをスプーンですくって口に運ぶ。


「どうですか?」

「……うまいっす」


 美味しい。凄く。なんで、こんなに美味しいんだ。普通のカレーなのに。


「それ、人参が入ってますよ」

「ぶふ!?」


 オレは思わず吹き出しそうになるが、飲み込んだ後だったので、ちょっと唾が飛んだくらいだ。ウテウトについた。申し訳ない。じゃなくて!


「なんで!?」

「あ、はは……旬の野菜ってうまいですよね。でも、あれって、その季節に必要な栄養素を含んでることが多いんです。要は、体が欲しがってるから、うまいんじゃないかって。多分、榛名さんの身体はニンジンを欲していたんですよ」


 人参を?


「オレはVtuber達に元気にずっと配信してほしいんです。だから、嫌いな食べ物は食べさせるし、眠りたくなるよう工夫するし、配信したいっつってもヤバいときはベッドに縛り付けます」


 人参。嫌いな食べ物。


「オレは別に嫌われてもいいです。もし、嫌われることでVtuberがいい配信できるなら。だから、もしかしたら、ウテウトの事勘違いしてるかもしれませんけど、オレは全肯定なんかしませんよ。オレは前に進めるようにおしてあげるだけです」


 嫌いな。


「野菜を食べないでいいよって言うんじゃなくて、食べやすいようにしてあげたり、結構食べてみたら美味しいかもよってしてあげるのが役割なんじゃないかと。俺は思います」


 嫌いじゃない、かもしれない。


「ま、もしめんどくせえお気持ち野郎になっていたら、注意してください。オレは、そうなりたくないんで」


 ウテウトはそう言いながら恥ずかしそうに笑った。


 そうか。

 オレはとにかく皆さんに嫌われたくなくって、肯定だけし続けた。

 でも、ただ肯定し続けるという事は見てないに等しいんだ。


 この人はもっともっと良い配信をして欲しいから。

 ずっとずっと良い配信を続けて欲しいから。

 

 自分が嫌われることや傷つくことを恐れずにいけるんだ。

 しかも、最大限相手の心を労わる言い方を考えた上で。


「あの、ウチの担当Vtuberの話を聞いてもらっていいですか?」

「いやです」


 ニコニコ顔ではっきり言ったなあ、コイツ!


「困ったら聞いてください。多分、今、榛名さん俺が言ったら、でも天堂弟が言った事だしなってなっちゃいます。そういうのって、相手に伝わっちゃいますよ」


 コイツは本当にもう。


「榛名さんがみんなのこと、Vtuberの事が大好きっていうのは知ってますから。自信もってぶつかってきたらいいじゃないっすか」


 くそう。完敗だ。


「あの、ちょっと出てきていいっすか」

「ええ、俺に任せといてください。また、帰ってきてからその分お願いします」

「うっす」


 オレは、ワルハウスを飛び出して、ルカさんに電話をかけた。

 すぐに繋がり、会えることになった。

 ルカはニコニコしていた。でも、手をずっと擦り続けて落ち着かない雰囲気だった。


「あの! 今朝の話してた内容なんですが……オレの意見も言っていいっすか?」

「あ……はいっ! はい!! お願いします!」


 彼女の手は解け、拳を握っていた。

 彼女は戦う気だ。色んなものと。ちゃんと。

 なら、オレも応えなきゃ。

 その日の話し合いは遅くまで続いて。もうへとへとだった。

 でも、妙な達成感があって、ずっと笑いながらワルハウスへと帰っていた。


「ただいま、かえりました~……」


 もう夜も遅い。オレは静かにドアを開け中へと入る。


「「「「ようこそ! ワルハウスへ!」」」」


「ルイジが、まだ歓迎会してないですねって言うからわざわざ開いてあげたのよ! 感謝なさい!」

「そーだ、さなぎを起こしてきてくれる?」

「はい、お義姉様」


 そう言って、みんながオレを出迎えてくれた。

 その後、オレはメチャメチャ怒られたし、注意されたし、駄目出しされた。

 でも、今日初めてちゃんと皆の顔を見られるようになった。

 そんな気がした。


「はい、どうぞ」


 ウテウトが置いた飲み物は、ココアだった。オレの好きな……。


「熱いので気を付けて。改めて、これからよろしくお願いします。一緒に彼女たちを支えていきましょう」


 甘いにおいが漂った。ちょっとなんか口に塩味が流れてきたけど、きっとココアが甘くなるから大丈夫。


「え? だ、大丈夫です? ティ、ティッシュ」

「だ、大丈夫っす! い、いただきます! って、うわっちゃああああ!」


 慌てて持ったカップはめちゃくちゃ熱くて思わず手を離してのけぞってしまう。

 その先にはティッシュをかまえたウテウトがいて……スレスレで顔はかわしたけど、


 ちゅ。


 首筋に、キス、してしまった……。

 

 あ、いや、その……感謝の気持ちはあるから、まあ、その気持ちだと思ってもらえたら……ねえ? あ、結構背中がっちりしてるんすね。


「榛名さん、逃げてください……!」

「は?」


 両肩を掴まれ、椅子に引き戻される。

 顔の両側に、うてめ様とツノ様がいらっしゃる。怒った顔も美しい。


「退去の準備を始めなさい」

「あんた本当に油断も隙も無いわね……!」


 うへへ。怒った声もぞくぞくする。

 正面でさなぎさんがほっぺた膨らませて睨んでくる。かわいい……。


「せーんぱい、な~にデレデレしちゃってるんですかあ?」

「そーだが上書きする位激しくしてあげましょうか?」

「るいじ、キスは親愛の証だと、思うの」

「アンタ達! ノエと一緒にこの男とっちめよ」


 ウテウトが、ガガさん、そーださん、マリネさん、ノエ様に迫られている。

 いや、それを事前に察していたのかすぐさま逃げ出した。


「榛名さん! あとで洗っとくんで、飲み終わったら、流しに! 歯はちゃんと磨いてくださいね!」


 そのあと、ワルハウスにおけるウテウト三原則を含む女性だけのルールを説明された。

 くそ、やっぱアイツモテるんだな。負けていられない。

 それを聞いてるうちにココアはさめてしまっていた。

 ほんのりだけ温かいココアは、次にいかす反省の味がした。

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