79てぇてぇ『ウテウトってぇ、女の敵なんだってぇ』

【天堂累児視点】



「榛名千代っす! これからよろしくお願いしまっす!」


 ワルプルギスのトップVtuber達が住まう寮、通称ワルハウスに新たなメンバーがやってきた。

 黒髪ショートで目つきが鋭く、背が高く俺と同じくらい、スーツを着こなしスラリとしたスレンダーな印象だが、スーツの胸のところが窮屈そうで、目のやり場に困る。

 そんな榛名さんは、ワルプルギスの社員さんで、広報と新人Vを担当しているらしい。

 そして、


「みみみみみなさん! 是非! 是非! オレを頼って下さい! 皆さんの為ならなんでもします! マッサージでもなんでも……!」


 目がヤバい。榛名さんはワルプルギスのVtuberのファンで、しかも、女性も恋愛対象として見れるらしい。手がワキワキしている。俺より危険じゃない? この人。

 みんなもちょっと引いている。ノエさんなんてしっかり五歩下がった。

 そんな事を考えていたら、榛名さんがこっちを睨みつけ、


「ウテウトかもしれませんが、男がこんな女の園にいるなんて不健全っす! これからはオレが皆さんを守りますんで、是非頼って下さい! な、なんでも、します!」


 みんな、一歩下がった。俺も下がった。

 とはいえ、このままでは話が進まない。コミュモンスターツノ様が勇気を出して前に出る。


「えーと、榛名さん?」

「はい! 千代と是非お呼びください、ツノ様!」

「あ、うん。千代ちゃん、事務所から聞いてるのは、研修の一環として、私達のお世話をルイジ君と一緒にしてくれるって話だったんだけど、間違ってない?」

「間違ってないっす! ですが! 改めてこの状況はよろしくないと思います! なので! オレはこれから一生懸命ここで頑張らせていただくので! もし! オレがいれば十分だと思って下さったら、この男はここを出て行くという形でいかがでしょうか?!」


 気温が下がった。

 ヤバい。俺でも分かる。みんなの空気が変わった。榛名さん、俺もそれが正しい形だと思う。思うけど、言えない。怖くて同調できない。


「……一つ、聞かせて」


 姉さんが手を挙げる。流石、姉さん!


「はい! うてめ様!」

「私は、累児と姉弟で、弟は私が養っているので、私は一緒に出て行ってもいいわよね?」


ん?


「そう、っすね……! うてめ様のおやさしい弟愛は知っているので、それだけは、仕方ないかと……!」

「ようこそ、歓迎するわ」

「「「「「ちょっとぉおおおおおおおおおお!」」」」」


 裏切りの姉さん。まあ、姉さんはワルハウス反対派だったからな。独り占めできないからって。


「うてめ、あなたね、ツノより先に200万人行ったからって調子乗ってない?」

「なんでアンタだけ! うらやま……じゃなくて、ノエは認めないわよ!」

「そうですよお! 先輩居なくなったらガガは誰で遊べばいいんですか!?」

「うてめ様ぁあああああ! さなぎを置いていかないでください」

「うてめお義姉様、私とルイジさんを引き離さないでください! 役に立って見せますから!」


 阿鼻叫喚である。

 そして、そんな叫びまわる女性陣とは離れたところで、マリナがぼそりと呟く。


「千代さん、貴女がるいじの代わりを出来るなら、よね?」

「はい! そうっす、マリネさま!」

「ワタシのお世話がそう簡単に出来ると思わない事ね」


 マリネが自信満々に言っている。自信満々にいう事ではない。

 だが、その言葉に納得したのか、他のメンバーも引き下がり始める。


「そう、そうね。ルイジの代わりが出来るなら、ね」

「確かに、それを確認してからでも……」

「まだ、アピールの猶予はありますよね」


 それぞれの思いはちょっとずつ違ってそうだが、一応は落ち着いたようだ。

 女性陣の剣幕に焦り始めていた榛名さんもほっとしている。


「で、では! これからよろしくお願いしまっす! じゃあ、早速ですが、皆さんの服の洗濯でも……って、わきゃああ!」


 榛名さんが何もない所でこけそうになってけんけんで前に進む。


「ああああ、あ! ぃったあああああ!」


 そして、テーブルに足をぶつけ、逆の足でけんけんしながら後ろにさがってくる。

 いや、こっちに来てる!?


「ちょっと! あぶなっ……!」

「え? うわ、うわわわわ!」


 榛名さんが振り返った拍子に片足で支えてたバランスが崩れ、倒れ込んでくる。

 そのまま背中から抑えるつもりだった俺は前に進んでいた為、そのまま榛名さんにぶつかってしまう!


「いったああ」

「す、すみません! 怪我は、け、が、わああああああ!」


 状況を整理しよう。

 恐らく榛名さんは咄嗟に俺が見えて慌ててなんとかしようと手を広げた。

 その手を広げた拍子にキツそうだったスーツの下のシャツのボタンがはじけとんだ。

 そして、そのまま支えようと前進していた俺にぶつかった。

 二人は倒れ込む。

 俺の顔には柔らかいものが。

 うん。

 ピンチだ。


「「「「「「ちょっとぉおおおおお!」」」」」」


 女性陣の悲鳴が木霊する。

 耳が潰れそうだ。


「な、な、なにやってるのよ! アンタ! やっぱりルイジを誘惑するつもりじゃあ!」

「ち、違うんす! オレ、あわてんぼうでよくこうなって、でも、安心してください! 今まで女子高、女子大だったんで、女性にしかしてないっす!」


 榛名さんが一生懸命首を回して否定する。

 いや、身体ごと起こしてもろて。


「安心できるかぁああ! あんた、じゃあ、ルイジ君が一番最初の男って事じゃないの!」

「え? きゃあああああ! やっぱり女の敵!」

「「「「「「敵はあんただ(あなたです)!!!!!」」」」」」


 社長。この人、俺の仕事を奪いに来たんですよね?

 増やす気しかしないんですが。

 俺はそんな事を考えながら、柔らかい感触を思い出さぬよう心を無にし続けた。


 そして、落ち着いた頃に、俺は榛名さんと夕食の準備を始める。

 距離が遠い。俺としては安心だけど、教えづらいのは間違いない。

 俺は声を張って出来るだけ大きい身振りで伝えていく。


「じゃあ、夕食を作るので、覚えて行ってください!」

「どうぞ」


 声が小さい。そして、睨んでくる。もういい、楽しい事を考えよう。

 そーだのお料理配信とか。アレはとても楽しかったし、俺が教えたレシピで作ってくれて嬉しかったな。


「えー、じゃあ、ベースは、今日は中辛カレーです!」

「ベース?」

「姉さん、うてめ様が、辛いのダメなので、バターを足してください。根菜が多いと喜ぶのでそのあたりも出来れば! 飲み物は牛乳で。 ツノさんは辛いの好きなのでちょっと辛みを調味料で足してください。ただ、喉に悪い程はやめてください。ヨーグルトと蜂蜜のドリンクレシピがあるので必ず添えて下さい。ノエさんは中辛のままで、ごはんは少なめで代用としてカリフラワーを。カロリーはしっかり相談してあげて下さい。飲み物は、水、もしくは野菜ジュースの出来るだけ糖分少ないのを。全然太ってはないんですが本人は気にしてるので。ガガは肉多めにして、野菜は細かく刻んでください。貝がアレルギーなので気を付けて。ちょっと辛めにしたほうが野菜気にしなくなるので、本人の身体の為にも食べさせるよう仕向けて下さい! 頑張って食べるので、飲み物は炭酸系にしてあげてください。さなぎちゃんは辛いの本当にダメなので、ピーナッツバターを。あとは、ご飯を多めにしてあげてください。がっつり食べるし、嬉しそうに食べてくれるので、おかわりは用意してあげて下さい。あったかいお茶でいけるらしいので、お茶を。マリネは中辛で、ただ、福神漬けに今はハマっているので多めに付けてあげてください。あと、マリネも野菜は多めで。栄養をとらせてください。野菜ジュースも必ず。マリネは、ごはん、パン、ナン、ころころ気分が変わるので、必ず先に聞いておいてください。そーだは、ちょっと変わった具材を入れてあげると喜ぶので、色々チャレンジしてみてください。どんな具材も一生懸命考えた結果ならしっかり食べてくれます。あと、サラダがあると毎回うれしそうなので、つけてくれると嬉しいです。炭酸水でお願いします。あ、フライパンは小さいのいっぱいあるんで大丈夫ですからねー! ……あの! 何か、質問は?」

「……ちょっと、待ってください。メモをとります」


 おお! やる気だ! 素晴らしい!

 榛名さんの姿を見てか、みんなもにやにやしている。

 まあ、最初からは大変だし、ちゃっと俺が見せた方が早いな。俺は、実際に6人それぞれの料理を作って見せてあげる。ちょっと、榛名さんにも手伝ってもらう。流石にやりなれないキッチンのせいだろう。混乱していた。


「い、いつもこんな感じなんですか?」

「そうですね! それぞれの好みに合わせて作ってあげると喜んでくれるし、体調もやっぱり良くなるので、こんな感じで楽しくやってます!」


 榛名さんがこいつマジかみたいな顔で見てくる。

 え? 俺、何かやっちゃいました?

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