第5話 見習い賢者

「お言葉遣いが変わっても、聖者様は聖者様なのですよね?」


 ダンが僕に絡んでいる間に、ルルビィさんが不安そうな表情で聖者様に問いかけていた。


「神に嫌気はさしたけど、本質は変わらないよ」


 ルルビィさんは安堵の笑みを見せる。

 しかし神に嫌気がさすというのは、信仰上かなりの変質だと思うのだけれど、どうなんだろう。


「言葉遣いが変わるくらい神が嫌になるって、どんな感じなのかな…」


 ひとり言のつもりでつぶやいたのに、突然薄紅色の発光体が目の前に表れて、つい一歩飛び下がってしまった。


「きっと悪ぶってるだけですわ! 反抗期みたいなものですわよ!」


 甲高い声が耳に響く。


「えっと、リリスさん?」

「リリスでよろしいですわ、同じ使徒になるんですもの!」


 以前、サリアにも同じことを言われた。

 僕は始め、ダンとサリアもさん付けで呼んでいたのだけど、サリアにそう言われたのだ。


 ただ、聖者様の生前からの弟子で婚約者、そして「聖人」の称号持ちであるルルビィさんには、やはりみんな一目おいていた。


「昔のサザン様のお言葉遣いは、今のルルビィさんとよく似ていましたよ。一人称も『私』でしたし」


 マリスも寄って来る。そして興味深そうに僕の周囲を飛び回った。


「それにしても、ライルさん。私どもも神から何も伺っていないのですが、魔法はどのようなものをいつから使えるようになったのですか?」

「いろいろ、いつの間にか…って、マリスもさん付けしてるし」


 表情は分からないけど、僕が魔法を使えるということは意外だったらしい。


「私どもは同じ使徒といえど贖罪の最中です。地獄に堕とされても仕方のない身だと、常に自戒しなくてはなりません」

「マリスったら昔から頭が固いんですから! そんなところも凛々しくて素敵ですけど!」

「リリスの天真爛漫さも魅力に溢れているよ」


 僕の周りを飛び回りながら、突然愛の語らいが始まる。

 この元天使たちが、神の罰を受けることになった状況が目に浮かぶようだ。


 そんな二つの発光体に、サリアがぐっと身を寄せてくる。


「私としては、あなた方に興味があります。幻妖精げんようせいとは、堕天使のみがなる存在なんですか? 能力的には、天使のときとの違いは?」


 質問しながらも見る方向を変えたりして、観察の目を止めることはない。


 魔法を使える人間は少ないが、他にもいる。

 僕がそれを使えるという事実より、幻妖精という未知の存在の方が、サリアの知的好奇心にとって優先順位は高いらしい。


「このような罪を犯したのは私どもが初めてですから、今後天使以外の存在が幻妖精という姿になることがあるのかは分かりません。天使としての力はありませんし、魔法も物理的な力も使えません。サザン様のお役に立てるかどうか…サザン様のおっしゃるとおり、神は監視役として遣わされたものかもしれませんね」


 マリスはきっちりとサリアの質問に答える。


「つまり史上初で、今ここにいるあなた方だけしか存在していないのですね。このことは、文献に記してもいいのでしょうか?」


 目を輝かせて文献という言葉を発するサリアは、観察どころか研究対象を見つけた学者のようだった。


「構いませんよ。これからサザン様のお側で人前に姿を現すことも許されていますし、私どもの愚行は人々の教訓となるでしょう」

「今の姿は罰ですものね。大好きなマリスの顔が見られなくて、触れることもできないなんてとってもつらいですの…でも、引き離されはしなかったのですから、神の寛大な御心に感謝して早く赦されたいですわね」


 幻妖精同士でも発光体にしか見えなくて、お互い触れられないということは、愛し合う者同士にとって確かに罰になるだろう。

 もしかしたらそういう罰を与えるために、幻妖精という存在が作られたのかもしれない。


「赦されれば、天使に戻れることは確約されているのですか?」


 ここに紙とペンがあったら、すべてを書き記していただろうと思える勢いでサリアが質問を続ける。


「第51位と第59位は空席のままにされています。この姿と使命は、天使に戻るための試練だと言い渡されましたので、いつかは戻れると信じております」


 マリスはうなずくかのように上下に動いた。

 ルルビィさんに挨拶をしたときと同じような動きなのに、不思議と仕草が伴っているように見える。


「今、神に与えられている使命は聖者様が生涯を終えるまでお仕えすることですので、まずはそれをしっかり務めて反省していることを認めていただかないと。赦しをいただけるのはいつになるか分かりませんが」

「もしかしたら、これが終われば赦していただけるかもしれませんわね!」


 リリスがはしゃいだ声を上げてふわふわとマリスの周りを飛び回る動きも、やっぱり飛び跳ねているように見えた。


「それじゃあ、まるで俺が早く死んだほうがいいみたいだな」


 いつの間にか、聖者様が僕のすぐ側に立っている。


「そんなことは言っておりませんわ! サザン様は意地悪ですのね!」

「楽観的過ぎると言いたいんだ。クソジジイがそんなに甘いと思うか? 第1位だって空席のままだろう」


 そういえば、教会に飾られる天使画は「十大天使」の題材が多いが、堕天使ルシウスとして有名な第1位天使がいるはずの場所は空白になってる。

 いったい、堕天してどれくらいの時間が過ぎているんだろう。


「でも! ルシウス様は神に罰を与えられたからではなくて、ご自分から地獄へ…」

「リリス、その話は」


 リリスが口走った言葉は、教会の説話と食い違っている。

 マリスが止めていたが、案の定サリアが食いつくように前のめりになった。


「そのお話、もっと詳しく…」

「天界談義は神学のときにでもしてくれ。さあ、ライルも言ってただろう。とりあえずは麓の教会にお世話になろう」


 聖者様にさえぎられてサリアは不服そうな顔をしたが、いつまでもこの洞窟にいるより一度移動したほうがいいことには同意したらしい。

 頬を膨らませつつも口をつぐんだ。


 サリアのことは物知りで落ち着いた人だと思っていたけど、その姿は物語の読み聞かせを途中で止められた子どものようで、少し可笑しくなった。

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