第4話 予言者

「聖者様」


 サリアがルルビィさんの後ろから両肩に手を乗せ、聖者様から離すように引き寄せた。


「この国では確かに未成年の婚姻は禁じられておりませんが大抵は政略的なものか貧困が原因でそもそも若すぎる結婚は身体と精神の成長に悪影響を及ぼすと考えられ…」


 つらつらと、抑揚なく言葉を発するサリアの目は、キツいというより冷たい。


 聖者様は頭痛をこらえるように額に手を当てる。


「分かってる、だから『婚約』なんだ」

「そうですか」


 サリアは案外あっさりと追及をやめて、ルルビィさんから手を離した。


「…聖者様がお亡くなりになるときは、復活なさるとご存じなかったんですよね?」

「ああ、想像もしてなかった」


 目も合わせずに交わした言葉で二人は何か分かり合ったらしいが、ルルビィさんは戸惑ったように視線をさまよわせる。


「とにかく。聖者として人々の救済に務める気持ちは変わらないが、今の俺はこんな風で、神に敬意はない。不安や不満があれば使徒を辞退してくれて構わない」

「いやぁ、俺は全然問題ないっス! むしろ親近感あっていい感じですよ!」


 ダンはのんきな声を上げるが、サリアがまたキツい眼差しで振り返った。


「聖者様にとっての救済とは?」


 なんだか難しい問答が始まりそうな予感に、僕はこの場で自分が紹介されることを諦めた。


「あの、とりあえず話は麓の教会に行って、落ち着いてからにしませんか」


 そう言って洞窟の出口を指差した僕を、聖者様はハッとしたように見つめた。


「ああ、君はライル・ラインだな。リリスが乱入してきたからつい…」

「わたくしのせいですの?!」


どうやら忘れられてはいなかったようだ。

それにダンやサリアと話しているときに感じたけど、多分聖者様は僕たち使徒のことを神からある程度聞いている。


「…いや、悪い。そうじゃないな。どう声をかけるか決めあぐねてたままだったからな。あのクソジジイ、称号のことは教皇にも伝えてるはずだから、俺の権限ではどうしようもないし…」


 何やらぶつぶつ呟きながら考えこんでいた聖者様だったが、意を決したように顔を上げた。


「君のことはほとんど何も聞いていない。ただ特別扱いせず、見守り導くようにとしか言われていない。称号もない。あえて呼び名を付けるなら『愚者』だそうだ」


『愚者』。

 愚かな者?

 特に自分を評価したことはなかったが、愚かとまで思ったこともなかった。それとも他になにか意味があっただろうか。


 それよりも「導く」という言葉に、母さんの言葉を思い出す。

「いつかあなたを導いてくれる人が現れる」という言葉だ。

 僕が使徒として見つけられたときも、神がそう選んだなら聖者様に“力”を秘密にする必要はないだろうと言っていた。


「称号とかは興味ないし、導いてくれるならそれでいいです。そうだ、魔法を教えてくださいよ」

「それは難しいな。魔法を使いたいなら少なくとも司教並みの修行を積んで、今生で魂の位階を上げないといけない。俺の場合は、元々魂に宿っていたものだから自然に使えるが、人に教えるには向いてないんだ」


 知らない魔法があったら教えてほしい、という程度の気持ちだったが、聖者様は真剣に考えてしまって難色を示している。

 僕については本当に何も聞かされていないようだ。


 そして聖者様の言う「人に教えるには向いていない」のもよく理解できる。

 僕だってそうだ。「指の動かし方を教えて」と言われたら、答えに困るだろう。


「じゃあ僕のも魂に宿ってたってことなんだ…。あ、それなら教えたってことにしてください。聖者様に教わったことにすれば人前で使っても大丈夫でしょう」

「それは…魔法が使えるってことか?」


 考え込んでいた顔を上げて、聖者様がまじまじと僕を見る。


「はい。人前で使わないようにしてたから、ルルビィさんたちにも黙ってました。すみません」

「…魔法が使える『愚者』…?」


 聖者様は口元に拳をあて、また何か考え始めた。


「えー! なんだお前、魔法が使えるなんてスゴイじゃないか!」


 話の最中でダンに背中を叩かれて、のけぞってしまう。


 ダンは自分の予知能力にあまり自信を持っていない。実際、かなり残念な面が多い。

 知りたいことを自在に予知できるわけではなく、突然明日の天気が分かったりする。

 皿が割れると予知したときには、すでに人の手からその皿がすべった瞬間だったり。


 自分が予知能力者だとは思いもせず、ただ時々すごく勘が冴える程度だと思っていたそうだ。


 そしてその勘は、良くないことも感知してしまう。


 たった一度、人の死期を言い当ててしまったことで、彼は周囲から気味悪がられるようになった。

 貧しい大家族の三男坊は、成人を待たずに故郷を離れるしかなくなったのだ。


 ルルビィさんが見つけたときには、国外の賭場で予想屋なんてことをやっていたらしい。自分では賭け事をしないところが小心者というか、ダンらしいなと思う。

 だけど、自在に予知できない以上、予想屋としては成り立たない。すぐに相手にされなくなり、別の賭場へと移る生活を繰り返し、賭場の少ないこの国から出て放浪していた。

 実年齢より老けて見えるのは、こういった苦労を経験したからかもしれない。


 だけど、ダンが見つけ出されてから、ルルビィさんの使徒探しは断然捗った。

 集中して、時間をかけさえすれば「何となくだけどあっちの方向」という具合に進路を示すことは出来たからだ。

 ダンが見つかるまで5年かかったことを思えば、それから半年でサリアと僕を見つけることが出来たのは、もう少し誇っていいと思う。


 それでもダンは、自分が国外にまで出て放浪していたせいでルルビィさんに迷惑をかけたと考えている。

 そして能力を活かせたのは、そんな自分を信じて励まし、決して急かさず、何日でも待ってくれたルルビィさんのおかげだと感謝してやまない。


 ダン自身の自己評価がこれだけ低いせいか、何の特技もないただの子どもに見える僕が使徒に選ばれたときには、さぞ心細いんじゃないかとずいぶん心配してくれた。

 今、背中を叩いているのも、妬みややっかみではなく、使徒らしい能力があって良かったと喜んでくれているのだ。


 つまりは、とてもいい人だということだ。

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