第1話・神様が言っている⑦

   六


 なんて面の皮の厚さだろう。あそこまで散々言っておいてなおも聞くのか。案の定、竹子は怪訝そうだった。

「そういうのは、信じていないんじゃないのかい」

「ですから本物だろうとそうでなかろうと、私には関係ないんです。ただ情報が欲しいんですよ」

「まあ、あたしだって、あんたが信じようが信じまいがどちらでもいいけどさ。――だがどのみちお断りだよ。あたしらイタコにとっては、仕事を始める辞めるっていうのは軽いことじゃないんだ。全ては神様の許しの下にあるんだからね。軽々しく再開なんてあり得ない」

「しかし小春さんは後継者なんでしょう」

「は?」

 思わず声を出したのは僕である。なんだそれ。

 西村に視線を向けられ、小春は意表を衝かれたように目をしばたかせた。

「失礼ながら、少し調べさせてもらいました。私はこう聞いていますよ。イタコの辻竹子さんは引退した。だが今はそのお孫さんが後を継いでいると」

「ち、違いますよ。なんですかそれ」

 小春の笑顔は引きつっていた。目も笑っていない。

「とぼける必要はありませんよ。去年の幼児死亡事件で口寄せをされた時、霊が取り憑いたのは竹子さんではなく小春さんだったそうじゃありませんか。ですから、その後はお孫さんが後を継いでいるのだともっぱらの評判ですよ」

「私はイタコじゃありません!」

 小春は爆発するような声を上げた。

 もちろん僕はわけが分からない。竹子はといえば呑気に茶をすすっており、思いがけない今の状況を楽しんでいるふうですらあった。

 そこで堀江が真面目な顔で口を挟んだ。

「西村さん、そりゃいくらなんでも変だ。口寄せなんてのはそう簡単に出来るもんじゃない。いくら依り代になった経験があるとしても、修行も何もしていないこんな娘さんが――」

「しかし私の調べたところでは」

 西村はあくまで退かない。そこで小春が割り込んだ。

「西村さん。それは全部誤解です」

「ほう、誤解ですか」

 はいと頷いて、彼女は言葉をひとつひとつ選ぶように説明した。

「去年のあの口寄せの時には、確かに私に霊が降りてきました。でもあれは、私もおばあちゃんも、どうしてそんなことになったのか分からないんです。事故なんです。そこの堀江さんの言う通り、私はただの素人。口寄せは出来ません。残念ですが力にはなれません」

 必死の釈明である。だが西村の表情は険しかった。

「それじゃ困る。何度も言わせないで欲しいですね、私は口寄せについて資格があるとかないとか、素人だとかは関心がないんです。でも昔からうちの署の捜査には協力してくれているんでしょう? それなら今回も、形だけでも良いじゃありませんか」

「どこまで侮辱すれば気が済むんですか! もう帰って下さい!」

 遂に堪忍袋の緒が切れる。みつあみが跳ね上がらんばかりの勢いで小春は叫んでいた。

 ほんの少し沈黙があり、やがて西村は嘆息した。

「そうですか。それなら仕方ない」

 ようやく帰る気になったか。それではこれで失礼します、と言って立ち上がる彼を見ながら僕は安堵していた。話がよく分からないままの部分もあるが、とにかくこの場の空気はもう耐えられない。

 西村に続き、堀江も慌てて立ち上がった。

「すいません。他をあたって下さい」

 小春もほっとした様子で声をかけた。

 だが事態はこれで終わりではなかった。西村は彼女の言葉を無視すると、こちらに背を向けたまま捨て台詞を吐いたのだ。

「しょせんインチキか」

 明らかな聞こえよがしだった。

 その直後の小春の反応には凄まじいものがあった。いきなり立ち上がるとこう叫んだのだ。

「ちょっと待って下さい! 今なんて言いましたか」

 さっきとは比べ物にならない剣幕だ。僕はもちろん、さすがの西村も度肝を抜かれたように振り向く。

「なんでしょう」

「言いましたね、インチキって。うちのおばあちゃんの口寄せをインチキって」

 趣旨が呑み込めた西村は、口元に笑みを浮かべる。

「よく分かりませんね。うっかり言ってしまったかな?」

「信じていないとか、あからさまなペテンじゃないとか、その程度なら私だってまだ許します。むしろその言い方で抑えるあたり、抑制の利く人だなって思ったんですよ。それなのについに言いましたね、しょせんインチキだって」

「抑制が利かなくてすいませんねえ」

 ひどいにやにや笑いだ。

「馬鹿にしないで下さい、うちの口寄せは本物です!」

「本物ですか。ではその証明は出来るんですか」

「できます!」

「出来るんですね。ではやはり口寄せをやって頂けると――そういうことですね」

 いけないと思った時にはもう遅く、小春は即座に叫んでいた。

「いいですよやります!」

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