第1話・神様が言っている⑧

   七


 西村と堀江が帰り、僕ら三人は縁側に移動した。

 天気は良かった。日差しがやや痛いくらいだ。だが小春の表情は反対に陰鬱である。

「小春や、あんまり気にするんじゃないよ」

 竹子は笑い飛ばすが、僕にはかける言葉もない。彼女は後悔のどん底にいるに違いなかった。

 小春は、西村の挑発を正面から受けてしまった。

 あの時――。西村は間髪入れずに、口寄せに必要な道具を確認してきた。

 その時の小春は、激情と冷静な気持ちの境目にいたようだ。「なんかまずいことを口走ったかな」という顔をしてはいたが、考える余裕を与えない西村の質問に流されるように答えていた。ロウソクを二本。お供えの果物やお菓子。それから故人の亡くなった日時とその状況、戒名など、出来るだけ詳細な情報を――。おそらくほとんど反射的に答えていたのだろう、あっという間にそれらを諳んじたのはさすがだった。

「なるほど」

 西村はきちんとメモを取る。そこで堀江が口を挟んだ。

「おい小春ちゃん、やめとけ。お前さんみたいな小娘が無理に決まってるだろ。俺は知らないぞ」

 呆れと侮蔑が交じったような物言いだ。だが西村は、小春に思い止まらせる隙を与えなかった。

「では必要なものは私も可能な限り準備しましょう。小春さんの方で用意が整いましたら、市警にご連絡頂けますか。――お待ちしてます」

「おい小春ちゃん、馬鹿だな今のうちに止めとけ!」

 だが堀江の忠告にも、小春は黙ったままだ。

 西村はにやりと笑い、改めて暇を告げて出て行った。堀江もしばらくきょろきょろしていたが、諦めたように嘆息すると後に続いた。

 小春が我に返った時はもう遅かった。可哀想に、蒼白になった彼女は僕と竹子の顔を見て「どうしよう」と言ってきたのである。で、とりあえず僕らは縁側に移動した。

「別にあたしゃ気にしないさ。今からでも断って辞めればいい。なんならあたしが謝ってやるさ」

 竹子は言うが、小春は不満そうだ。

「でもおばあちゃん悔しくないの?」

「インチキだペテンだのと言われるのは慣れてるさ」

 達観している。むしろ機嫌が良かった。

 竹子の気持ちはなんとなく分かる気がした。孫娘が自分を弁護し怒ってくれたのだ、彼女にしてみればこれ以上望むものはないだろう。

「でも、やってみる」

 小春の決意は固い。

「うちの口寄せはインチキじゃない。ちゃんと事件解決に貢献出来るってことを証明する」

「とは言っても、どうやって?」

 僕は尋ねずにいられなかった。竹子は引退しているし、小春は正式なイタコではないではないか。

「推理します」

「君が?」

「私が真相を突き止めて、口寄せをするふりをしながら西村さんに教えれば良いんです。友坂さんが犯人なら犯人だと、もしそうでないなら、そうでないと――」

 本当にそれでいいのか。

 彼女の大胆な計画に僕は茫然としたが、それ以上水を差すのはやめておいた。全面的に賛成する気にはなれないが、とにかく彼女の決意は固い。

「済まないね曽我さん、妙なことになっちまってさ。また今度お茶でも飲みに来なよ」

 帰りぎわ、竹子はそう声をかけてくれた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る