第1話・神様が言っている③



   ☆


 二人でたこ焼きを咀嚼する。僕は言った。

「お墓は好きだな」

「だからよく通るんですか?」

 小春は尋ねてくる。その通りだ。僕は買い物の行き帰りにこの墓地をよく通るのだが、その理由は近道だからということばかりではない。単純に好きなのだ。

「小学生の頃、夏休みの図画の宿題でよく墓地の絵を描こうとしてね。家族に止められてたよ」

「おばあちゃんも墓地は好きだと言ってましたよ」

 一瞬なるほどと思った。イタコと墓地、いかにもありそうな組み合わせだ。だが小春はすぐにこう言った。

「あ、曽我さんの考えてること、想像がつきます。……イタコなだけに、墓地なんかに来たらあちこちから霊の声が聞こえるんじゃないかって考えてますね」

「正解」

「それとこれとは別ですよ。イタコだからって、常にそういうのが見えたり聞こえたりするわけじゃありません」

「そうなの?」

「そうですよ。だって霊を呼び出すのがイタコの仕事なんですから。最初からそこらへんにいるのなら、わざわざ呼ぶ意味ないですって」

「それもそうか」

 至極もっともだ。

「それに、亡くなった人の魂は、墓地にはいないんですよ」

「どういうこと?」

 死者は墓の下にいるものじゃないのか。

「お墓って電話機みたいなもので、あくまでも交信のための目印なんです。霊はここにはいません」

「イタコは人間電話機ってことかな」

「そうですね。依り代です」

 小春がそう口にしたその時である。思いも寄らないことが起きた。近くの墓石の陰から、いきなり飛び出してきた人影があったのだ。

「わっ!」

 あまりに唐突だったので、僕らは小さく悲鳴をあげた。幸いだったのは、たこ焼きを全部食べ終わったタイミングだったことだ。食べ残しがあればきっと落としていただろう。

 そこに立っていたのはスーツ姿の男だった。だが、夕暮れ時でもはっきり分かるほど服装は乱れており、また髪も整っているとは言いがたい。さらに言えば無精髭も著しく、見るからに怪しげな人物である。

 ほとんど反射的に、僕は小春をかばって構えを取っていた。護身術には心得がある。

 だが男は動かなかった。飛び出した姿勢のままで硬直し、こちらをじっと見つめている。まるで時間が止まったかのように、僕らは無言で対峙した。

「失礼。君たちは――」

 やがて男は口を開いた。拍子抜けするほど平凡な口調だった。

「口寄せをして、もらえるのかな?」

「え?」

 僕と小春は同時に聞き返した。

「いや立ち聞きするつもりはなかった。ただ、そこで休んでいたら君たちの声が聞こえてね。イタコのこととか……」

「イタコは、私のおばあちゃんですけど」

 小春が返事をすると、男はそうかと頷いた。酔っているのだろうか、若干ろれつが回っていないのが気になる。

 すると次の瞬間、彼はいきなり跳ね上がるような動作で土下座をしてきた。頭を地面に擦り付けんばかりの勢いだった。

「頼む、口寄せをしてくれ! あの人を呼んでくれ!」

 僕らは面食らい、わけが分からず顔を見合わせる。すると男は顔を上げた。

「俺の名前は友坂。この近くのアパートに住んでる。ついこの間亡くなった人で、どうしても会いたい人がいるんだ」

「ちょっと待って下さい。急に言われても」

 慌てたのは小春である。だが友坂と名乗るこの男は本気らしく、さらに押してきた。

「そんなこと言わずに頼む。どうか」

 強引だ。だが、どことなく計算ずくの狡猾な強引さのようにも思われた。なんの職業なのかは知らないが、押し方や食い下がり方というものを心得ているように感じられる。

「でも、おばあちゃんはもう引退してて……」

 小春は困惑している。

 それでも友坂は引かなかった。この後、さらに数回の言葉のやり取りがあった。そして最終的に、小春は条件付きで友坂の要望を受け入れることになったのだった。話を聞くだけなら、ということで後日の訪問を許可したのだ。

 友坂がその場を去ってから、僕は尋ねていた。

「面倒なことになったね。大丈夫なの」

「後はおばあちゃんに任せます」

 答えて、ちょっと肩をすくめて見せる小春。その頃には、もう日は完全に沈んでいた。

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