第11話 不倫からもたらす不幸

 家庭を壊す最大の原因として、不倫があげられるが、最近はやたら不倫ブームである。

 やはり男性にとって水商売などにいく余裕がなくなったせいで、身近なところで恋もどきを楽しもうとしているのであろう。

 

 不倫の相手は身近にいて、ある程度自分の言いなりになってくれる女性だという。

 今はセクハラ、パワハラが威力を奮っているので自分の部下が不倫相手になるということはそうないが、昔はそれも大ありだった。

 ある一流会社の重役の秘書は、二十年以上も愛人関係であり、なんと奥さんも知っている。

 その秘書が自分の資金でカフェを経営するとき、奥さんは旦那が資金をだしていないか、インテリアは旦那好みであるかカフェまで見学にきたという。


 ある内気なおとなしめの女性は、二十一歳のとき、二十歳以上も歳上の会社の上司といい仲になってしまった。今まで男性とつきあいどころか、会話もロクにしたことのない彼女は、すっかりその男性に夢中になってしまった。

 一度、彼女と男性とが腕を組んで歩く現場を見たことがある。

 今まで何人もの女性を口先三寸で迷わせてきましたと、いかにも顔に書いているようなずるそうな表情、でっぷりと突き出た下腹に余裕と図々しさが伺える。

 その女性も、不倫で人生を棒に振ってしまった一人である。

 彼女は、そのズル顔男を尊敬できる人と言った。よほど口がうまいのだろう。


「妻とはうまくいってない。早く別れて君と結婚したい」という言葉を信じ続け二十年余り。

「君から僕を離れることはあっても、僕から君を離すことはない」

 言い換えれば「僕にとって君は必要不可欠な存在ではない。いてもいなくても困りはしない。しかし君は、家庭とは違う味を醸し出してくれる利用価値のある存在である」

 一見優しそうな愛想のいい言葉。この愛想の良さで彼女を納得させようとしている。不倫というのはそれが暴露しても、相手の女性を悪者扱いすることで、ある程度周りは納得するものである。


 残念ながらアダムとイブの時代から女性は、愛想を愛だと勘違いしやすい。

 自分の都合にあった愛想のいいことを言ってくれる人を、自分を愛してくれるいい人だと思い込んでしまう。


 イブが神が住まわせたエデンの園で何不自由なく暮らしているとき

 蛇が「あなたは神から、この禁断の実(リンゴかいちじくのような果実)を取ってはならないと言われたのですか」

 イブは「はい、そうです」

 蛇が再び「本当にそう言ったのですか。この実を食べると目が開け、神のように賢くなれるんですよ」

 目から鱗という諺は、この事実から生じている。

 また人は努力しなくて賢くなりたいと願うものであるが、参考書の宣伝文句として「これ一冊でOK。まさに受験のバイブル」といううたい文句まであるくらいである。


 このあとアダムはイブに唆され、禁断の実を食べてしまった。

 神に見つかったあとアダムは「私はイブに唆されて禁断の実を食べました」

 またイブは「私は蛇に唆されて、禁断の実を食べました」

 お互いに責任転嫁しあっている。

 もちろん、今でも人は責任転嫁しあうという欠点がある。


 手っ取り早い恋を求めて男性は不倫に走る。

 もっともある政治家は「僕は不倫のような長引くのは性に合わない。あくまでも浮気、短いスパンの浮気願望」などとうそぶいている。

 しかし、その裏には愛妻のガマンあふれた理解があるからであろう。

 まさに政治家の夫を支える妥協と忍耐に満ちた、政治家ならではの妻の鏡である。

 

 不倫で幸せになる人は、誰一人いないが、なぜか一番悪者扱いされ、諸悪の根源のようにみなされるのは、当の不倫女性である。

 まず家族、特に母親から「人間のクズ」と呼ばれ、男性の嫁からは敵対視され、職場では解雇されかねない。もっとも相手の男性の場合は、減俸処分でしかないが。

 

 一度、不倫を体験した女性は、不倫体質になってしまう。

 昔ATMを利用して横領したベテラン銀行員は、不倫真っ最中だったそうである。

 高校時代はおとなしめの優等生だった彼女は、いわゆる節約家だった。

 人におごったりもしないかわりに、おごってもらうのも苦手だった。

 綺麗な包装紙を保管したりするほどの、節約家だったという。


 そんな彼女が初めてつきあった相手は、地元の取引先の営業マンだったという。

 繁華街で声をかけられ、相手の男性に誘われるがままに身を任せるようになった。

 彼女は男性とつきあいらしいつきあいもしたことはなく、アイドルのファンクラブに入会していたわけでもなく、男性とはあまり縁のない存在だった。

 そんな彼女は自分に親切にしてくれる男性に、身も心も預けるようになっていった。

 男性に妻子があろうと彼女には関係のないことだった。

 同性の親友のいない彼女は、すっかりのめり込み、休日には男性の好みのファッションホテルでときを過ごすようになっていった。

 そんなつきあいがなんと十年も続き、彼女の方から別れを告げた。


 ベテラン行員といわれるようになるまでに、同期の女性は皆、結婚や転職などで銀行を去って行った。

 彼女もそろそろ入行して十年目になり「いつ結婚するんだろうね。お局様候補なのかな」と陰口をささやかられるようになっていった。

 彼女は結婚に対するあせりはあったが、不倫体験者が結婚して幸せになるなんておこがましいという引け目もあった。

 そんなときだった。夕方六時のタイムカードを押して帰りがけの彼女は、取引先のイケメン男性から声をかけられた。

 銀行内で見たことはあるが、声を交わしたことのないイケメン俳優のようなカッコいい男性を、彼女は遠くからまぶしい目で見ていた。

「いつもお世話になっております」

 仕事の延長上のような丁寧な言葉遣いで、笑顔で近づいてくるなかば憧れていた中年男性に、昔の不倫相手の面影はみじんも感じられなかった。

 思えば十年という腐れ縁。ファッションホテルに行っても口もきかず、だらだらと流れていくだけのまさに不毛の恋。

 彼女はこんな恋に自分から見切りをつけ、赤やピンクやラメ入りの洋服を着るようになった。

 人生は一度きり、お洒落して楽しまなきゃ損という、刹那的思考をもつようになった。

 陰では新人が次から次へと入社してくるし、同期の男性は出世し、反対に女性は退職していく一方で寿退社という憧れがあったが、結婚など自分ではする資格がないと思い込んでいた。


 男は言った。

「このあと、僕は夕食をするんですが、もしよければご一緒して頂けませんか」

 なんというgood timing! 私は0.1コンマ以前の瞬時にうなづいた。

「実は僕が以前から行きたかった店だったんですがね、一人で行くのも気が引けて。だからあなたのような美しい女性と一緒だったら、どんなに楽しいだろうと思ったんですよ」

 まるで歯が浮くようなお世辞であるが、もちろん悪い気はしない。

 男は南野と名乗った。男の車に乗せられ一流ホテルのレストランへと着いた。

「僕はステーキ、ここのステーキはね、脂肪分が少なくて僕のようなメタボ予備軍にはピッタリなんですよ」

 ボケをかまして、彼女を笑わせることも忘れなかった。

「あなたって、杉良太郎に似てますね。いや杉良太郎よりもはるかに若い」

 男は返した。

「よく言われます。なんてウソ。そんな嬉しいこと言われたの、初めてです。

 あっ、僕のこと南野さんって呼んで下さい」

 二杯目のワイングラスの杯を重ね、彼女は南野に好感をもってしまった。

 南野は手も握ろうとはせず、あくまでも紳士的だった。

 帰り際に「君に似合いそうだから」と言ってデパートの包みをもらった。

 中をあけるとなんとブランド品の大きな柄のスカーフが入っていた。


 二度目のデートは、前回の高級ホテルとはうってかわって、南野の行きつけのラーメン屋だった。

 提灯がかかり、年季の入った小さなカウンターのみの古びた店。

 もしかして、南野はこういった庶民的な店の方が好みかもしれない。

 それから、南野に誘われるままに車の助手席に乗った。 

 これで私は南野と同じ時間を共有することに慣れて来た。

 ドライブデートのとき、南野は仕事でいった海外の話や仕事上で知り合った個性的な人の話、もちろん失敗談を面白おかしく話すことも忘れなかった。

 しかし、南野の会社は赤字で行き詰っているということだけは、事実に違いなかった。このままでは借金だらけになり、倒産に追い込まれるのかもしれない。

 助手席から見る南野の苦み走ったフェイスは、刑事ドラマに出演してくる二枚目俳優に似ていた。

「僕には妻子がいる。でも君に好意をもってしまった。

 経営者でいると気苦労ばかり多くて、君のような美しい女性と別の世界に浸りたいんだ」

 そういうと、南野はいきなりファッションホテルの駐車場に入っていった。

 私は南野に嫌われたくない一心で逆らうすべもなく、南野に心身ともに任せる決心をした。

 このことは、前回の不倫と同じパターンだった。


 

 

 

 

 

 

 

 

 

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