第10話 アドラム教会という新しい世界

 アドラム教会には、いろんなトラブルや問題を抱えた人が集まってくる。

 不良のたまり場などと言われないために、教会近くでは喫煙禁止である。

 たまには落ちこぼれとは正反対の浮きこぼれー一般よりもIQがいいばかりに、そう努力しなくても成績のいい人ーも入ってくる。

 そういう人は、まわりと話が合わず、ねたみからかえって疎外されたりするケースもあるし、教師から無視されることもある。

 アメリカの少年院は、IT犯罪が多いので、少年院の入院者はIQの高い浮きこぼれが多いという。

 やはり、能力があり金になりそうな人を利用いや悪用する大人は数知れない。

 しかしどの時代でも、どんなシチュエーションでも利用しやすいのは、孤独で家庭の愛情に飢えている人である。

 犯罪者に幸せな家庭の人はいないというが、外でケガをしたとき、それをフォローし、解決してくれるのが家庭である。

 昔は大家族制度で、両親がいなくてもお婆ちゃんに面倒を見てもらったものであるが、今はそれすらも通用しない。

 スマホから情報を得るケースが多いが、もちろんスマホの情報がすべて真実かというとそれはあり得ない。

 近頃、世間を震撼させている強盗事件でも、スマホの闇バイトで「一時間以内で十万円稼げます」という常識外れの求人広告(?)に引っかかる人が多い。

 見るからに怪しいということは一目瞭然なのに、金欲しさかそれとも借金返済のために引っかかる人が後を絶たない。

 これだけは、いくら時代が変わろうともなくなることはないだろう。


 幸いにも尚樹の場合は、アドラム教会にめぐり会い、元暴走族だった相田翔太にじっくり話を聞いたもらったことが幸いしていた。

 尚樹は、学校のクラスではいわゆる浮いた存在になってしまっていたが、アドラム教会では尚樹のような宗教被害者が存在していたことも、大きな救いになっていた。

 多額の献金以外にも、選挙活動に駆り出され、家庭を顧みなくなった母親は家庭でうまくいく筈がない。

 そんな家族の影響を受けた子供は、孤立しやすく不登校になった挙句の果て、非行に走る恐れがある。


 ある牧師ー父親が元有名反社ー曰く「この頃の親はアホである。少年鑑別所にさえ行けば更生できると思っているがそれは大間違い。鑑別所に行けばそこでワル仲間と出会い、ワルの間では箔がついたとあがめられ(?)出所すれば、ワル仲間と組んでもっと悪事を働くようになる。そうならない最後の砦がキリスト教会なんですよ」

 キリスト教会のすべてが青少年問題と取り組んでいるわけではない。

 また、それをできるのは元ヤンキー、元反社またはその家族であり、苦労の谷間から這い上がってきた人しかできない。

 まさに「すべてのことは、イエスキリストに働いて益となる」(聖書)

 神は、その人にしかできないこと、その人だからこそできることを与えて下さっている。神と共に歩めば鬼に金棒、怖いものなしである。

 尚樹は今、アドラム教会で神と共に新しい人生を歩みだそうとしている。

 反省は一人でするものであるが、更生は一人ではできない。

 

 そのときだ。なんと私の探し求めていた真由がやってきた。

 思えば三十年ぶりである。

 真由は私を忘れただろうが、私は毎日真由の写真を見つめていた。

「私のこと、覚えてる?」

 思い切って聞いてみた。

 私にとって真由は、唯一の愛の対象であった。

 恋ではないが、愛を心に持つことで私は潤っていた。

 真由は私の顔をまじまじと見つめた

「あっ、誰かと思ったら昔ワープロを貸してくれたお姉ちゃんじゃない」

 私の思いが通じたのだろうか。

 真由は私を覚えていてくれたのだった。


 真由は高校を中退したが、その後飲食店でバイトをし、そのバイト先で知り合った男性との間の未婚の子尚樹を出産したのである。

 苦労の多い人生の筈なのに、真由は昔の無邪気さを失ってはいなかった。

「実はね、私もときどきお姉ちゃんを思い出してたんだ。

 お姉ちゃんは、私にとっては第二のママみたいなものだったものね」

 そういえば真由は初めて家に来たとき、私の左胸を触ったのだった。

 男性に触られるのとは違う軽い刺激が私の脳天に走った。

 翌日の昼間、真由は二回も私を尋ねてやってきた。

 私の母親に「お姉ちゃんは夜は働きにいかないの?」と無邪気な顔で尋ねたそうである。

 これには、母親も苦笑したが、母親曰く「夜の仕事をしながら子供を二人も育てるなんて表彰ものよ」

 私も共感したが、当時ラウンジの雇われママをしている母親は、真由の姉に

「私はあの隣が嫌いだ。あのお姉ちゃん(私のこと)とは話してはいけない」と言ったそうである。

 原因は真由が母親に「お姉ちゃんの家はいいなあ。男の人(父と弟)が二人もいて」と言ったことが原因だったのである。

 そりゃ母親にしてみたら、夜の仕事をしながら孤軍奮闘しているシングルマザーと他の家庭とを比較されたくないのだろう。


 私がその家庭のことを、華道の師匠に話した。

 資産家でニュータウンの大きな家に独り暮らしをしている、世間知らずのお嬢さん的高齢者の一言。

「何のために生きてるんでしょうね」

 それを母親に話すと「自分の子供がいないとはいえ、なんということを言うの」

 いくら世間知らずとはいえ、とんでもないことを言う人だ。

 しかしその反面は、格差社会を浮き彫りにさせる発言でもある。


 私は思わず真由に尋ねてみた。

「お母さんは元気にしてる?」

 真由は、昔と変わらぬ無邪気な笑顔を浮かべながら答えた。

「再婚したけど、相変わらず元気にしてますよ」

 それを聞いて私は安堵した。

「ああ、良かった。でも私の存在すら忘れちゃってるだろうなあ。

 まあ、とりあえずお互い元気でよかったね」

 アドラム教会というのは、いわゆる避難場所のような教会である。

 行き場のなくなりかけの若者が、更生して世の中に旅立っていく場所でもある。

 しかし一寸先は闇、資産家が強盗に狙われるように、世間から恵まれすぎている人が心身ともにやられる時代でもある。

 

 私は少額であるが、更生活動をしている教会と駆け込み寺の団体、子供の施設に毎月寄付を欠かせない。

 振り込みにいこうとする途中、見覚えのある女性が声をかけてきた。

「久しぶりね」

 一瞬、誰かわからなかった。

「ほら、真由の母親、いろんなものをくれて、可愛がってくれて」

 なんという偶然。ふと昔が蘇ってきた。

「そういえば、あの頃はグリーンのきれいなスーツを着てらっしゃいましたね」

「よく覚えてるね。やっぱり頭いいわ」

 やはり元高級ラウンジの雇われママだけあって、世辞を言うのも忘れない。

「私、真由ちゃんに会いましたよ。アドラム教会で、息子の尚樹君も一緒だった」

 真由の母親は複雑な表情を浮かべた。

「尚樹のこと、知ってるのね。あの子は決して悪い子じゃないけど、敏感で影響を受けやすいの。それが良い方に転べば良い結果になるが、それがまた、人からねたまれる原因になる。

 尚樹の通っている中学は、有名だけどそれだけに競争も激しくて、中二くらいからドロップアウトしていく生徒も多いのよ。だからこそ、親がしっかりしなくてはね」

 私は思わず口をついてでた。

「私の母親も言ってましたよ。お隣は表彰物の母親だって。

 尚樹君をしっかり育ててあげて下さいね」

 つい、おせっかいなことを言ってしまい、さようならの合図で別れた。


 ある日、尚樹はアドラム教会でカミングアウトすべき出来事があった。

 尚樹は元演歌のプリンス 氷室たかしのファンで年に二回、ファンの集いにでかけていってたのであるが、そこで知り合ったある男性ー須藤龍也と友人関係になった。

 初めは兄貴のような感じで付き合っていたのであったが、徐々に本性(?)を表し始めた。

 母親の真由同様尚樹は、人なつこさからその兄貴もどきになつくようになった。

 ただ、母親の真由は尚樹に、人様におごってもらったりしてはならない。

 家に遊びにいったときでも、出された飲み物は飲んでいいが、食べ物には口をつけるなと厳しくしつけられていた。

 その言いつけを守り、尚樹は須藤龍也からおごってやると言われても、ついていかなかった。

 また、尚樹は人からは現金を受け取ってはならないとも言われていた。

 たとえお年玉でも、現金には変わりはない。

 尚樹は、その言いつけを守っていた。


 そんな尚樹に龍也は、飲食店のクーポン券やギフトカードをプレゼントしていたが、尚樹は龍也になつくことはなかった。

 龍也はある日尚樹に、演歌レッスンをしたい、カラオケボックスで演歌を教えてやると言って、カラオケボックスに誘い出し、なんと尚樹の下半身を弄んだのだった。

 尚樹が抵抗して部屋から逃げ出すと、龍也から連絡がありこのことは内緒にしてほしいと言ってきた。

 しかし、風の噂では龍也がいわゆるゲイであることは、周知の事実だったのだった。


 アドラム教会の会衆は、もちろん尚樹の味方だった。

 ホモレイプの被害者は、今度は加害者になる恐れが充分にあり得る。

 貧困状態にある美形少年を狙いレイプし、レイプの被害者が今度は別の少年を狙う加害者に変身するのであるが、この悪循環をなんとかくい止めねばならない。

 アメリカではホモレイプというのは、二十年以上も昔から社会問題になっており、ゲイの男性に対する差別はひどいものがある。

 ある女性牧師曰く「私はゲイに反対です。しかし彼らの人権は守られるべきものだと思います」

という発言の裏には、ゲイに対する激しい差別が存在するということである。

ということは、尚樹に性的いたずらをした龍也も、ゲイの被害者ということになる。

 被害者が今度加害者になるという、悪の循環系スパイラルである。


 残念ながら、私もゲイは理解し難い。

「世の終わりには男が女のような恰好をし、女が男のような恰好をするであろう」(聖書)

 この頃はカミングアウトする男性もいるが、やはり世間的に家族との間-特に父親との間に軋轢があるようである。

 レズビアンの場合は、性的被害にあった女性が多いという。

 水商売、元AV嬢が多いというが、同じ心身の傷をもつ者同士、惹かれ合うのは至極当然のことのように思う。

 しかしその関係は永遠ではないという。

 どちらか一方が、たとえ片思いのアイドルが対象でも、男性を好きになったときから、同性愛の関係はぎくしゃくして崩壊しつつある。

 そうすると、残された一方の方は気の毒でしかない。

 ましてや、男性の彼氏ができると事態は嫉妬まみれとなる。

 男性を愛したいけど、愛せないというコンプレックスから、自己中心の憎しみへと変わっていく。

 まあいずれにせよ、同性愛というのはハッピーエンドに終わらないのである。

 やはり男と女というのは、神のつくった秩序である。

 神は、男の助け手として、男のあばら骨の一本から女をつくったという。

 だから、男は女をリードし、女は男に尽くすことに喜びを感じるのであろう。

「あなたは主に仕えるように、旦那に仕えなさい」(聖書)

 この言葉だけを聞くと、なんたる時代錯誤の女性蔑視、まさに女性差別と思われそうであるが、言い換えれば、主に仕えることができるほど信頼できる男性と結婚すべきであるという意味である。


 結婚の信頼を裏切る行為として、第一に不倫があげられる。

 

 

 


 




 

 

 

 

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