第9話 真由の息子ー尚樹の更生話
翔太は五年後、紆余曲折を得ながらも神学校を卒業し、自らの教会をもつことになった。
なんとその教会に、私が可愛がっていた真由ちゃんのシングルマザーの息子が通うようになるとは想像もしないことだった。
私は好奇心交じりで翔太の牧会する「アドラム教会」に水曜日の夕方礼拝に通うことにした。
そこで、二十年ぶりに真由ちゃんと再会したのだった。
礼拝に参加していた十五歳くらいの少年を見たとき、一目で私が探していた真由ちゃんの息子だということがわかった。
礼拝後、茶話会があったが、なんと真由ちゃんの息子ー尚樹は高校で、不登校になりかけているとのことであった。
原因は、尚樹はある宗教に入っていたが、それにのめり込んだ挙句の果て、拉致監禁されてリンチに合いかけ、それが原因でクラスの集団活動にもついていけず、いわゆるいじめにあってしまったというのが原因であった。
真由に似て人懐こい尚樹は、中学のときに塾で知り合った友人に誘われるままに、あまり評判のよくない宗教ー鮮烈教団に入っていた。
最初はハイキングなどに参加していたが、次第に金銭を求められるようになった。
尚樹は最初は小遣いの範囲で献金していたが、教団側から次第に親からも金をせしめるように強制されたという。
尚樹は断ると、鮮烈教団の幹部から呼び出しを受け、個室に連れ込まれて二人がかりで鉄パイプで一時間にわたり、リンチを受けたというのだ。
そして尚樹は勇気ある行動にでた。
自分の二代目がでるのを恐れ、キリスト教雑誌にそのことを偽名で発表したという。そのことが教団側に知れ渡ったのかそうでなかったかはしれないが、教団側は尚樹から手を引いた。
しかし、鮮烈教団にのめり込んだ尚樹は、クラスメートとも話が合わずことごとく反感を買い、変人扱いされるようになっていった。
その矢先に、今まで世間に潜伏していた鮮烈教団のことが表ざたになり、社会問題に広がっていった。
運悪く尚樹が関与していることがわかり、尚樹は疎外されるようになってしまい、学校に行くフリをして私服に着替えてカフェに入り浸っていた日が十日間あったという。
姉の真由はなんとか尚樹を、立ち帰らそうとしたが、ショックの余り尚樹はうつ状態になってしまっていた。
そんなとき、テレビで元暴走族牧師である翔太のことを見て、翔太の牧会するアドラム教会を知ったのである。
教会は牧師に似た年齢や経歴の人が集まるというが、アドラム教会には、元暴走族、半分ヤンキーのような金髪の十七歳の女の子、家庭裁判所で審判を受けた元非行少年も存在していた。
その中では、尚樹は浮いた存在ではなく、礼拝後の茶話会にも自然に溶け込めた。
尚樹の通っていた進学校は、いわゆる型にはまった真面目な生徒ばかりで、管理社会のなかにあり、そこからはみ出た生徒は停学処分になる恐れがあるので、生徒は大人の顔色ばかりうかがっている。
成績の良い子が勝ちというわけではないが、やはりそういう生徒は一目おかれる。
尚樹は落ちこぼれていたわけではなかったが、無気力状態になってしまった。
というのは、尚樹が中学時代通っていた塾の講師が、生徒不足で塾が廃業になったのがきっかけで、ネットカジノにはまっていたからである。
その講師は自ら一流大学卒業を自慢し、勉強嫌いの子供ををバカにするような発言をしていた。その裏には、大学四年のとき就職に失敗したという劣等感に裏打ちされたものであったかもしれないが。
ネットカジノにはまった元塾講師は、お定まり通り闇金漬けになってしまった。
現在の闇金は、借りた方がコンプライアンスに反していたということになる。
従って、警察、弁護士、司法書士も借りた方の味方にはなってくれない。
男性も女性も素っ裸で「私は闇金からの借金を返済していません」などと書かれたプラカードを下げた写真が、スマホやネットで拡散される。
しかしギャンブルにはまった人は、やはり闇金を必要とする。
ギャンブルで負けが続いても、いつかは勝って一発逆転などという考えがある限り、闇金はなくならない。
まさに闇金はギャンブル応援者なのであり、胴元にとってもギャンブラーにとっても、なくてはならない必要不可欠の光のようなものなのである。
ギャンブルの一発逆転どんでん返しがある限り、闇金はなくならないだろう。
しかし一番被害を被るのは家族である。
その講師の妻は美容師の師匠であり、他の美容師を教育する立場であり、もちろん収入も高かったが、なんと講師は妻の給料をとってギャンブルに使っていたのである。
アダムとイブの時代から、やはり男性は田の下に力と書くように汗して働き、女性は家を守るのが勤めであり、私の知る限り逆転することはあり得ない。
無職の男性はいわゆる世間からはヒモと呼ばれ、健康保険でも夫が妻の扶養家族になる制度は許されていない。
三十歳くらいの若い独身男性でも無職の男性は、酒浸りになったりしているケースが多いが、被害を被るのは家族である。
はたらくという語源は、はた(周り)をラクにするという意味でもある。
元塾講師の家族も例外ではなかった。
娘はその当時小学校三年であったが、ギャンブルが原因で夫婦喧嘩が絶えず、
「私が稼いだお金 返してよ。あなたは高学歴かもしれないが、働かないじゃない。まあ、学歴が関係のない職種も世の中には多いけど」
そんな文句などどこ吹く風で、元塾講師は競馬新聞を夢中に見入っていた。
まさに馬耳東風、のれんに腕押しである。
母親は朝八時半に家を出て、帰ってくるのは夜八時頃。
その間元講師は家事もせず、酒浸りになり、ときおり麻雀仲間を連れて来る。
しかし、当時住んでいたマンションは麻雀の騒音禁止だったので、管理人からも叱られるといった悲劇が生じる。
それらの悲劇をすべて背負った娘は、徐々に壊れていくのに時間はかからなかった。
しかし母親からは、人から物をもらったりおごってもらったりしてはならないと厳しく言い渡されていたので、クラスメートの家に遊びに行ってジュースにトーストを出されても、むさぼるように食べることはなかった。
もちろんクラスメートの母親に、家庭の事情など言える筈はなかった。
無邪気に笑っているクラスメートを横目に、娘は自分の家庭にコンプレックスをもつようになり、誰にもいえない秘密を抱えるようになった。
世間的には高学歴の父親と、美容師の先生である母親、裕福でインテリの家庭ーしかし内情はギャンブルが発生源で、家庭は火の車であり、毎日が地獄さながらの止むことのない夫婦喧嘩の真っ最中である。
娘の心は壊れ、うつ状態になってしまった。
うつ病は心の風邪などと言われているが、娘の場合はひどいものであった。
意識不明のように口をポカンと開け、鼻水が出て、まるで薬物中毒のような意識のないヨイヨイ状態である。
そういったこともあり、娘の母親はついに離婚を決心した。
私も家庭を顧みず、仕事とつきあいにかまけていたという欠点があったが、今更それを言っても焼け石に水である。
もう取返しのつかない事態になり、娘の母親は故郷である大阪に帰ることにした。
もちろん娘は大阪の公立小学校に通わせたが、重症のうつ病はよくなることはなく、クラスメートからいじめの対象に選ばれてしまった。
担任も力及ばずだった。そりゃそうだろう。精神科医でもないんだから。
しかし母親が精神科に連れていき、母親と一緒に体操をすることで、徐々に回復していった。
幸い、娘は勉強嫌いではなかったので、塾に通わせることなく公立高校に進学することができた。
その矢先、母親にも辛い結婚生活を忘れ去るように、新しい恋人ができた。
新しい恋人は、一流大学卒ではなかったが、親分肌の働き者だった。
母親と同じ、大阪出身だということで二人は気があい、再婚することになった。
新しい恋人は、幸い娘を父親というよりも兄のようにフランクに接してくれ、娘のうつ病は奇跡的にも再発することはなかった。
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