第7話 翔太の反社体験

 翔太は昔を懐かしむようにため息をついた。

「さあ、これから反社から神の下へと翔太の立ち帰り体験を始めます。

 俺、実は中三のときバイク窃盗が見つかってしまい、高校は推薦では入学できなくなり、夜間高校へと通うことになった。

 しかし勉強嫌いの俺は、学校に通うかわりに暴走族に入ったんだ。

 暴走族の世界では認められ、総長にまでのし上がり、他のチームと対抗するためにナイフを使うようになった。

 ナイフ使いの名人、一刺し翔太などという異名をもらうことになったが、罪責感をシンナーでごまかすようになった。

 そんなある日、ナイフで刺した相手がなんと反社の組長の息子だったんだ。

 当然、父親である組長は激怒し、子分に俺の写真を見せ「松田翔太を草の根かきわけてでも探し出せ。そして必殺せよ」と命じたんだ。

 反社の世界は、親分の命令は絶対だろう。俺はいつ、子分から殺されるかが怖くて、少年院に入ろうと決心した。

 刑務所と違い、少年院は成人が入れないから、少年院に入れば俺の身の安全は守られるだろうと考え、暴走族であるということを自ら警察に名乗り出て、今までの悪行を白状して、無事(?!)別荘いや少年院行きになったんだ。


 俺らの世界では、少年院を別荘と呼んでいた。

 なぜなら三食付きで勉強まで出来るから。それとシンナーを吸う自由も許されない。朝は早く起きて掃除をし、喧嘩は売られても我慢し、おとなしくさえいれば退院できる。

 俺は、少年院を退院すると先輩のいる反社事務所へと就職(?!)するつもりでいた。その頃の俺は、反社になれば大金が稼げるぞという頭しかなかったんだ。

 ところがそのとき、宗教クラブというのがあり、俺はキリスト教クラブに入会した。実のところ、俺は宗教なんて興味はなかったんだ。

 世のなかに神様があるなら、なぜ世の中に犯罪があるんだ、俺の家庭はなぜこんな状態なんだ。宗教なんてしている奴の気がしれない。

 しかし俺はなぜか十字架に魅かれて、キリスト教クラブに入ったんだ。

 もしかして、これこそが神の御導きであったかもしれないな。

 キリスト教の教誨師曰く「人間は誰でも罪人です。この場合の罪人というのは、犯罪者ではなく、エゴイズムをもった人間のことです」

 俺はハッとした。俺はもう犯罪者のレッテルを貼られた人間である。

 行きつくところは反社か、野垂れ死にしかないと思っていた。

 しかし、こんな俺にも救いがある。

「イエスキリストは人間の罪のあがないとして、十字架にかかって下さいました」

 えっ、どうして、そんなバカな話ってあるのかな。

 俺は、自分の盗みと暴力をなんとか人のせいにしようと企んできた。

 悪いのは俺じゃない。俺より恵まれている奴らである。

 そんな奴からちーっとばかり盗んでも罰はあたらない。

 暴力も、俺を見下げる奴を力でねじ伏せようとしただけである。

 しかしその結果が、ナイフ使いの名人の暴走族から少年院送りという現実に至っている。


 世の中はどうしてこんなに不公平なんだ。

 俺の家庭はどうしてこんなのなんだ。

 しかし、こんな俺の罪をあがなってくれる人がいる。

 イエスキリストーなんだ、昔の偉人か。

 まあ、誰でもいいが俺の罪をあがなってくれるなら、それでもいいか。

 教誨師は続けた。

「世の中が平和であろうと、戦争があろうと、クリスマスは毎年訪れる。

 それはイエスキリストが今現在も生きてらっしゃるからです」

 そういえば、ハローウィーンで酔っ払いの暴動が起こり警察の出番だという話は聞いたことがあるが、クリスマスで暴動が起こるという話は聞いたことがないな。

 やはり人間の罪のあがない主がお生まれになった日は、暴動を起こす気にはなれないんだな。これも神の力が働いているに違いない。


 俺は暴走族仲間に一人の親友がいたが、親友の方は暴力団事務所に行くようになり、一応若頭まで出世したが、今は刑務所にいる。

 その一方、俺はキリストを選んだ。ここで人生の道が別れた。


 俺は、少年院のなかでも聖書の話をし始めた。

 なかには、救いを求めるように真剣に聞いてくれる者もいた。

 少年院を退院した俺は、掃除の仕事をしながら、日曜日は教会に通うようになり、二年後洗礼を受けた。

 そんなとき、元反社の牧師が牧会している教会に出会い、通っているうちに俺自身が牧師になりたいという夢を抱くようになり、今は亡き母親から借金して神学校に通うようになった。

 神学校は地方の山の上にあり、寮制度でいろんな年齢や経歴の人が存在している。

 俺は、できるだけトラブルを起こさないように努めていたが、やはり余りの厳しさで二度、神学校を抜け出してしまったけど、結局は戻ってきた。

 私は思わず、拍手をした。

「翔太が立派な牧師になってくれたら、私が翔太を気にかけた甲斐もあったというものね」

 翔太は答えた。

「聖書の御言葉に「すべてのことは、イエスキリストに働いて益となる」というが、俺は、過去を覆い隠すのではなく、かえって自分と同じ非行に走った子を更生させるような教会をつくっていきたい」

「それは実に有意義なことよ。恵まれない人に愛の手を差し伸べる人はいても、それが原因で一度でも罪を犯したら、鬼は外になってしまう。

 しかし今はごくフツーの子が、金に誘惑されて犯罪を犯す時代よ。

 それを食い止めなければね。難波のグリ下で集まっている子は、みなその予備軍だといっても過言ではないわ」

 翔太はため息をついた。

「日本も外国の如く、ストレートチルドレンが増えていくのかな」

 私はふと思いつくままに言った。

「今、不登校が増加しているようだけど、とにかく勉強だけはするべきよ。

 でないと、バイトも勤まらないよ。

 やっぱり勉強してない子は、覚えも悪いし、教えてやったら逆切れして嫌いだなどと言われる始末だし」

 翔太は苦笑しながらうなづいた。

「俺も最初、掃除の仕事に手間取り、先輩に教えてもらったけど、昔は教えてくれるなんてことはなかったらしいよ。

 仕事でわからないところを聞いても二度無視された挙句、お客さんに聞いてこいと言われる始末だったらしいな。でも俺、聖書を読みだしてからシンナーでぼけた頭もはっきりしてきて、聖書の御言葉がわかるようになってきたよ」

 私はほっとした。私は小学校のときから、翔太は根っからの悪人ではないと確信していたからである。

 ただ身体が大きくけんかっ早いだけ。

「ああ、そういえばお母さん、どうしてるの?

 二度ほどお目にかかったこと、あったわね。

 スナックを経営してらしたけど、七年前に二度ほど行ったことがあったわ。

 というのも、私銀行の口座に間違えて二千円ほど振り込んでしまったの。

 その振り込み先の名前に翔太君のお母さんの名前があったわ」

 翔太はうつむき加減に言った。

「おかんは今 末期がん、もう先は長くない。

 あっ、それだったら俺がその二千円おかんに代わって返却するよ」

 私は、左手で制止した。

「いいよ。もう気にしないで。二千円寄付したつもりよ。

 でも、七年前は元気そうだったのにね。

 まあ、私はウーロン茶一杯とピーナツ入りのかきの種で、昔話をしたけれど、翔太君のこと、相当心配してたわよ。

 翔太が今度悪いことをしたら、代わりに私を刑務所に入れて下さいなんて言いだす始末よ」

 翔太は昔をなつかしむように言った。

「そういえば、ほら小学校五年のとき、クラスメートのアニキに身体の大きな奴がいたじゃない。

 俺、あいつから焼きを入れられてたんだ。あいつの家に呼ばれ、犬に噛みつかれかかったことがあったんだ。そんなとき、おかんが助けにきてくれたよ。

 ドンドンとドアを叩き、松田です。翔太を返して下さいと言ったら、向こうもあきらめてドアを開けたよ」

 そんなことがあったのか。

 今 翔太がクリスチャンとして牧師を目指しているのも母親の愛があったからなのかもしれない。

 

 翔太はふと微笑みを浮かべた。

 それは私が今まで見たこともない、安らかな微笑みだった。

「それはそうと、俺の昔話は置いといてと、結衣は今どうしてるの? 彼氏とかいるの」

「私は今、新聞配達をしているの。一応朝刊と夕刊を配達してるわ。

 彼氏ねえ、今募集中よと言いたいところだけど、もう恋もどきはこりごりよ。

 私、学歴コンプレックスだったけど、世の中は学歴よりもコミュニケーションの方が大切だということに気付いたの」

 翔太はため息をついた。

「実は俺も、小学校三年までコミュニケーション不足だったんだ。

 だから身体が大きくなるにつれて暴力でモノを言わせる以外にはなかったんだ。

 それに、俺って結構な目立ちたがり屋。だから暴走族なんかになっちゃったのかな。その情熱を勉強に向ければ、秀才になってたかもな」

 私は翔太と顔を見合わせ、笑いあった。

「俺、結衣にひとつだけ約束してほしいことがあるんだ。

 同棲も含めて、結婚前のセックスだけは辞めてほしい。もちろん不倫なんて論外だよ。聖書の御言葉に「あなたは姦淫してはならない」とあるだろう。

 これは十戒でもあるんだ」

 


 


 

 

 



 





 



 

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