第3話

「ところで、ミリアくん。リリア嬢には生まれつき、人の傷を癒す治癒の力があるね?」

「はい」

「その力はルーナ国の者だからかね?」

「いえ、治癒の力を持つのは、特別な人間のみに与えられる力です。……リリア様」

 ミリアが改まった口調でリリアをじっと見つめる。リリアも目をそらさずに見つめ返した。

「これから話すことは、リリア様の人生を大きく左右するものかもしれません。ですが、古くから旦那様と奥様やご先祖様方が代々受け継いできたものであり、自分の道を決めるのはリリア様ご自身です。話を聞いた上で、よく考えてみてください」

「……はい」

 リリアの返事を聞き、ミリアは訥々と話し始めた。


 今から数千年以上も昔に、光と闇を支配する王族がいました。しかし、時代とともに、光と闇の力どちらも扱える血筋が段々と途絶えていき、やがて光の力を持つセェーン族と闇の力を持つドゥンケル族の間で、力を奪い合う争いが絶えなくなりました。

 その争いを鎮めるために、当時あるが結ばれました。

 それは、「」です。結婚することで、光と闇の力を扱える子孫を残すことができ、力の奪い合いをすることもなくなると考えられたのでしょう。

 長い間、掟は守られ続け、数十年に一度、光と闇を中和する「治癒の力」を持つ子が生まれるようになりました。その子は、光と闇の両方の力を持ちつつ、常に均衡を保つことのできる貴重な存在でした。

 ですが、十三年前にその掟が、ある人物によって破られてしまったのです。そして、光と闇は完全に分裂し、裏切り者によってルーナ国を治めていたフィルド家一族が暗殺されてしまいました。

 ここからは憶測になりますが、おそらく裏切り者はバイヤード家ではないかと考えております。

 バイヤード家は、ドゥンケル族の中でも強い闇の力を持つ家系で、もっと力を強めたいと考えているようでした。故に、掟破りとなるドゥンケル族同士の結婚を策略していて、それに反対したフィルド家が殺されてしまったと思われます。

 けれど当時、彼らの力でも殺せなかった者がいました。それが、光と闇の力を中和する「治癒の力」を持つ五歳の少女です。


「その少女が」

「……私?」

 ミリアがゆっくりとうなずく。

「リリア様の正式名は、フィルド・アス・リリアと言います」

 リリアは、思わず自分の手を見つめた。まさか、両親が殺されて死んだとは思いもよらなかった。

 しかも、自身も殺されそうになっていたという。とても信じられないことだった。

 リリアは自分の持っている力が世界を揺るがす強力な力であると知り、ますます困惑する。

 頭の中がぐちゃぐちゃで、考えが上手くまとまらない。

「え、でもそしたら国王様たちも掟を破っていることにならない? リリアの元婚約者候補だったのでしょう?」

 ローズが首を傾げながら、ミリアを見る。確かに、話が矛盾している。

「表面上では、掟を守るように婚約者がそれぞれ決められていました。ですが、この婚約者候補には、裏があるのです」

「裏?」

「はい。セェーン族とドゥンケル族で既に一組夫婦が成立していたため、掟が守られているという勝手な解釈をし、バイヤード家がドゥンケル族出身の奥様、つまりリリア様のお母様と策略していたことがあるのです。それが、リリア様をレイウェン様かエドワード様と結婚させることでした」

「お母さまが……?」

 さらに衝撃的な事実が明かされ、思考が停止しそうになる。

「ですが、エドワード様は数年前にドゥンケル族のオンブル・ディ・キャメロン嬢とご結婚されました。夫婦仲は冷めきっているようですが」

「え、じゃあエドワード様って、今でもリリアのことが好きってこと?」

「今はどうか分かりませんが、昔は好意を寄せているように見えました」

「リリアが羨ましい……」

「ちょっ、ちょっと、ローズ?」

 ローズが恨めしそうにリリアを見つめてきて、慌てる。リリアにとっては、記憶にないことで身に覚えもない。今更、好意を寄せられていたと教えられても、相手は結婚をしているし、どう反応すればよいか、分からない。

「まぁ、何にせよ。リリア嬢にも頭を整理する時間は必要だろう。深刻な話はここまでにして、夕食にしようか」

 村長の一声により、場はそのまま夕食の時間となった。メイドがそれぞれの席に、出来立ての料理が盛り付けられているお皿を次々と運んできた。一時、現実を忘れて目の前の食事を楽しむことに、リリアは専念した。

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