第9話暮れ行くテイラン①
◆◇
「ヴィリ姐、いつまでテイランにいるの?」
宿の食堂でヴィリとフラウが食事を摂っていると、フラウがそんな事を聞いてきた。
「ん?ん~…遺跡っていうのがさ、あるらしいんだよな」
どこに?というフラウの質問に、ヴィリは指で床を指差した。小首をかしげるフラウ。
「いや、地下にさ。砂漠にいくつも流砂があるだろ?そのどれかが遺跡の入口に繋がっているらしい。何の遺跡かっていうと、神代っていうの?ずーっと昔。その頃に栄華を極めた黄金都市の遺跡なんだと。建物とか全部黄金で出来てるらしいぜ」
フラウはふうん、とつれない様子だった。
「黄金、ほしいの?」
そんな問いかけにヴィリは重いからいらね、と首を横に振った。
ヴィリの金銭への執着は極めて薄い。
それは彼女が欲がないからというわけではなく、その気になればいつでも手に入るからだ。
ヴィリは昔よりは丸くなったが、それでも熱心な暴力信仰者である事は間違いない。
彼女の遵法意識は独裁者の民主主義に向けるそれよりも希薄である。
だのに彼女が暴虐の徒に堕しないのは、英雄オタクである彼女の根源が枷となっているからだ。
◆◇
「それで、いつまでテイランにいるの?」
フラウが再び聞いた。
「それなぁ、遺跡の調査があるらしいんだよ。んで、調査隊を組むんだと。それで悩んでてさあ。調査隊の帰りを待つか、それとも街を出るか…」
ヴィリは腕を組んで眉間に皺を寄せた。
そんなヴィリを見たフラウは身を乗り出して、細く白い指をヴィリの眉間にあててコネコネとこねだす。
「皺になっちゃうからだめ。んー…調査隊に参加したりはしないの?」
フラウとしてはこれっぽっちも参加したくはなかったが、ヴィリはそういうのは嫌いではなさそうだったし、どうしても参加するというのならついていこうと思っていた。
「いや?参加したら多分死ぬしな。そういうのって何となくわからん?あたしは分かる。こういうの霊感って言うらしいぜ。ヨハン君とかは夢って形で視るらしいんだけど、あたしはなんとなく胸がちくちくするんだよね」
それを聞いたフラウは僅かに驚きの表情を浮かべた。ヴィリをして死ぬと言わしめるとは、という思いが無表情を常とする氷の令嬢の外殻を崩したのだ。
「そんなに驚くなよ。いや、遺跡とかさ、そういうのって結構キッツい呪いが掛かってたりさ、あとはえげつない罠があったりするもんなんだよね。そういうのって剣を振ってどうにかなるもんじゃなかったりするし」
ああ、とフラウは頷いた。
複雑かつ凶悪な罠を察知し、それを解除するなり回避したりしながら未知を調査する…それは戦闘能力とは別個の“力”を必要とする事はフラウでも分かった。
事実、その方面での彼女二人の能力は銅等級の新米斥候と同レベルだ。
「ふうん…じゃあ待ってたいな。私、もう少しゆっくりしていたいし」
フラウの要望にヴィリは眉をあげ意外だとでも言いたげな表情を浮かべるが、やがて2度3度と頷いて納得した。
なぜなら二人が宿泊している宿は、テイランでも高級な宿で、寝床は硬すぎず柔らかすぎず、更には軽く、汗などもよく吸い取り…しかもどういうわけか匂いも干したてのそれのように太陽の香りがするのだ。
彼女達が助けた行商人ゾッドは自身の命の価値を非常に高額に見積もっており、ゆえにヴィリ達への返礼も相応に豪華なものとなっていた。
「いいよ。あ、じゃあ冒険者ギルドでも見にいこうぜ。調査隊っていうのを募集してるだろうし、どんな奴等が応募してるかも見れるかも。あたしが思うに、調査隊の連中がみんなあの優男…なんだっけな、オーギュストだっけ。あいつと同じくらいの格だったら案外いいとこまでいける気がするんだよね。どう?フラウ。あいつそこそこやる感じじゃない?もしフラウとあいつがサシで殺りあうなら無傷で殺れるか?」
フラウはすっぱい果物を口いっぱいにほおばったような表情を浮かべ、小さい声でぼそりと呟いた。その様子はいかにも不服そうだ。
「……無傷は難しいかも」
◆◇
テイラン冒険者ギルド入口
「…人が一杯いるね」
そりゃいるだろうよ、とヴィリはフラウの感想を流し、入口から中を覗いた。
冒険者ギルドは二階建てのやや褪せた白色の建物だった。熱がこもりにくい石材に漆喰が塗られている。
一階部分は広く2、30人が一時に入ってもまだスペースには余裕がある程だった。
だがヴィリが訪れた時は2、30人どころか4、50人はいるようだった。
「ははーん。やっぱり調査隊を募集してるな。ほら、あの張り紙」
ヴィリの指差す方に顔を向けるフラウ。
張り紙にはこうある。
『カッシア砂漠南西部で発見された未踏査区域の調査隊を募集。銀等級以上。面接あり。術師・斥候歓迎。報酬は調査員内定後に銀貨80枚、以降は調査隊基準に準拠。詳細は面接にて』
「危ない仕事なのに、報酬少ない…気がする」
フラウが言うと、ヴィリは首を振って答えた。
「まあ上乗せはあるだろうよ。内定後にってあるしな。多分成果物次第で報酬が跳ね上がるんじゃないのか?」
「その通り!!」「わっ」「っ!」
ヴィリとフラウの背後から大きな声が響いた。
振り返ってみれば、そこに居たのはオーギュストが居た。
「やあ、美しいお二人さん。また逢えたね。ヴィリさんの言う通りだ。この手の依頼はまず人員がきまった時点で支度金代わりに一部報酬が渡される。そして調査中に発見した物、事、これは形のあるなしを問わずに、とにかく未知の何かを発見したり、発見に至る助力をしたりということで追加報酬がある。更に、結果として調査隊が何がしかの成果を持ち帰る事が出来たとき、成功報酬が加算されるんだ。まあ…そうだね、金貨100枚、200枚にも手が届くかもしれない、そんな夢のある依頼だといえるだろう…ウウウウゥッ!?」
オーギュストは表情を歪め、上体を反らした。
眼前を裏拳が風を切りながら通りすぎていく。
そしてほっと息をつく間もなく絶望した。
瞳孔が開いた白銀色の髪の女性…フラウが剣の柄に手をかけていたからだ。
「フラウ!まだ殺すな!あたしがぶち殺す!」
フラウは頷き、柄から手を離した。
「ちょ、殺すって、いや、別に僕は」
オーギュストは慌てふためくが、ヴィリはニヤニヤと邪悪な笑みをうかべるばかりだ。
しかしその目は笑っていない。
◆◇
「冗談だって。だからしょぼくれんなよ。それにしてもあたしらの後ろを綺麗に取ってくれちゃって。口だけ野郎じゃなかったわけだ」
ヴィリがバンバンとオーギュストの背を叩きながら言う。
「あ、ああ。まあ僕もそれなりには…って痛い!痛いよ、背骨が!背骨が折れるっ…!」
散々オーギュストの背を引っぱたいて気が済んだのか、ヴィリはようやく暴力行為をやめた。
「それでさ、あんたも調査隊に参加するわけ?」
ヴィリの質問にオーギュストは一瞬表情を欠落させた。その様子は余りに唐突で、傍若無人なヴィリでさえぎょっとするほどの変貌ぶりだった。
「いや、参加はしない。出来ないんだ。すればよかったと思っているが」
――すれば良かった?
オーギュストの言い回しには何か引っ掛かる。
しかし何がどう引っ掛かるのかわからなかったから、ヴィリは再び問いかけた。
「じゃあ何の為にギルドに来てたわけ?あたしらは冷かしだけど」
ヴィリの言葉にオーギュストは苦笑し、何か迷うような様子でヴィリ達に言う。
「調査隊に参加する気はないかい?」
ないよ、とヴィリが言うとオーギュストはそれ以上言ってくることはなかった。
それから3人はちょっとした雑談の後にギルド前で解散をした。
◆◇
「なんだったんだ?あいつ」
ヴィリの言葉にフラウは珍しく何も答えない。
「どうしたよフラウ」
フラウがようやく口を開いた。
「あの人、影が無かった。酒場であったときは気付かなかったけど」
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