第3話砂漠の街、テイラン①

 ◆◇


「ようやっとテイランが見えてきたな、お嬢ちゃん達…じゃない、ヴィリちゃん達も護衛ありがとよ!それにしても大したモンだな、あんな怪物を…。この陸路ははあんなのは棲み付いていなかったんだがなあ。もっと小型の魔獣とか、後は砂賊とかは出るんだが。ムゥ」


 ゾックは首を捻って唸る。


 しかし別に不可思議な事ではない。

 小型の魔獣とは大蠍や地虫、後は猛禽系の魔獣が代表的だが、それらはヴィリやフラウにビビって姿を現さなかっただけだ。

 砂賊も同様。


 彼等は基本的に自身より弱いものから搾取するタイプのチンピラだが、砂漠地帯の様な過酷な自然環境下でそういった真似をするだけの実力はある。実力があるやつは大抵頭も回るので(そうで無い者もいるが)、黒白のヤバい女二人がこの陸路を渡るキャラバンを護衛している、なんて情報はどこからともなく回ってくるのだ。


 だがヴィリとフラウが先立って対峙した地竜の様な強者は違う。

 特に地竜などは生息地域の食物連鎖の頂点に立っている場合が殆どなので、逃げ出すなんて真似はよほどの事が無い限りはしない。

 勿論どうあっても勝てないと判断すれば逃走する事もあるが…地竜は少々本能が強すぎるきらいがある。


 ヴィリはフラウの膝を枕に、だらしなく寝転がりながらゾックの質問に答えた。


「まあねえー。それよりゾックのおじさんさ、地竜の素材でしこたま儲けるんだろ?分け前に加えて飯と宿代も頼んだぜ」


 どの街にも大抵は複数の飯屋、宿屋があり、大抵は“外れ”もある。

 街についての下調べが足りないと、痛んで廃棄寸前となってしまった食材を使った料理を出されたり、寝床に虫が湧いてたりとろくな目に遭わない。

 その点、ゾックはテイランの街を良く知っているし、なによりも街に外界からの資源を齎してくれるゾックを担ごうなどと言う輩は居ないため飯や宿の事を任せるには適任と言えた。


「任せてくれよ、街一番の飯屋に連れて行くさ。宿屋もな、羽竜の羽毛を使った最高級の寝具をおいている宿があるんだ。設備も接待も最高級、値段も最高級だ。だが地竜の素材を売った金があるから何も問題はないわな」


 ゾックは笑顔で請け負った。

 しかし仮に地竜の素材が無かったとしても、ゾックはその費用を自身のキャラバンから賄っただろう。

 基本的に金は命より重いと考えるゾックだが、自身の命は金より重いとも考えているからだ。

 だが、それ以上ゾックには思う所がある。


(何より、彼女達の機嫌を損ねたら大変な事になっちまう)


 ゾックは割りと気さくにヴィリ達へ接してはいるが、二人の危険性を過小評価しては居なかった。

 彼の脳裏を若かりし頃の記憶が過ぎっていく。


 ゾックと言う男は今でこそ50手前のむさくるしいヒゲ親父だが、若い頃は迷宮専門に探索をする冒険者として活動していた事がある。迷宮とは不可思議なもので、宝箱なるものが出現するのだ。

 その中には金銀財宝、魔法の道具といったものも入っている事があり、希少なものを手に入れれば数代に渡って遊んで暮らすという事だって夢物語ではない。

 宝箱を誰が設置しているのかなどは謎に包まれている。

 一説によれば迷宮という概念を司る神がいるのだとかいないのだとか、そしてその神の眷属である迷宮妖精なる存在が人間を地の底へ誘うべく餌を撒いてるのだとかいないのだとか…。

 そして、その宝箱には往々にして罠が仕掛けられているのだ。

 罠はちょっとした悪戯程度のものもあれば、即死できればまだマシといった悪辣なものまである。

 ゾックが思うに、ヴィリ達とはそういった罠に似ている。


 放置しておくには無害だが、解錠手順を誤ると死ぬ。だがその中身を得られれば、要するにこの場合は信頼を得られれば、万金に値する利益を得られるだろう。


 ゾックの元迷宮探索者としての、そして現商人としての勘はヴィリ達の好感度を稼げるだけ稼げ、と囁いていた。


 ◆◇


 キャラバンがテイランに着くとゾックはヴィリ達へ声をかけた。


「それじゃあ俺は取引している卸し商人と話つけてくるからよ、退屈かもしれねえが少し待っててくれ。ヴィリちゃん達の事は衛兵達にも話しておくから厄介はないはずだ。もし何か面倒があれば、うちの連中に話してくれ。対処させる」


 ヴィリは相変わらずフラウの膝でダラつきながら、手をひらひらとさせる。

 了解の意味だ。


 それを見たゾックは苦笑しながらキャラバンを離れていった。


 ◇◆


 フラウは自身の膝枕でだらだらしているヴィリをぼんやりと眺めている。

 ちなみにヴィリの手がまるでいやらしい親父のように太ももやらを撫でさするのは、ヴィリがそういうケがあるからではなく、フラウの体温が低いが為である。

 氷気を宿したフラウの体はまるで冷感マットのようにさらさらと、そしてひんやりとしていて砂漠地帯の熱気下にあっては極上のさわり心地と言えよう。


「ヴィリ姐、街についたけれどここで何をするの?」


 フラウがヴィリに尋ねた。

 ヴィリはやや考える素振りを見せ、口を開く。


「何も」


 フラウは思わず“え?”と疑問を浮かべると、ヴィリは口端に笑みを浮かべながらもう一度答えた。


「何も、だ。フラウ。あたし達は別に何か使命なり目的があるわけじゃねえし…適当に街でだらだらしたら次の街にいく。それだけだよ。ああ。でもどうせいくなら行った事の無い土地がいいな。空でも海でもいい。なんだったら空の果ての果て。星界と呼ばれる異世界を目指してもいい。そういう世界があるんだってよ、ババアが言ってた。まああたしは行き方なんてしらねえけどな」


 ヴィリの言うババアとは連盟のお袋こと、ルイゼ・シャルトル・フル・エボンの事である。

 彼女もまた大戦を生き残っていた。

 魔王軍に於いて、魔王を除けば最も恐ろしい、最も強いとされる魔族の最上級階級を頂く将、上魔将…その一角と三日三晩戦い続け、大魔術の余波で王都に甚大な被害を齎しながらも勝利を納めた女傑だ。

 ヴィリはそんな彼女をババアと言って憚る事はなく、それが為に何度か殺されかけている。

 家族と言えども序列はある。

 ヴィリではルイゼには勝てない。

 別に仲が悪いわけではなく、ヴィリの柄と口が悪いだけだ。

 まあその辺は実力でも劣るかもしれないが、何よりヴィリの気質による所が大きい。

 ヴィリは神や魔族やチンピラは斬れても、家族は斬れないのだ。


 それをきいたフラウは、ふうん、とした風情で頷いた。

 ヴィリがそう言うならそれで良い、そうフラウは思った。

 結局、何処に行くにも何をするのも、フラウにとってはヴィリが一緒ならそれでいいのだから。

 ただ、余り危険な場所はやめてほしいとも思う。

 フラウの目から見てもヴィリは幾つになっても危なっかしく、無茶で無謀だ。

 フラウは思う。

 もし危ない場所へも行くというのならば、ヴィリを護る為に力を尽くさねばなるまい、と。


「ねえ、ヴィリ姐。ずっと2人で、この世界の隅から隅まで旅をしようね」


 答えはない。

 フラウが膝上のヴィリを見ると、彼女はすやすやと眠っていた。


 ヴィリの寝顔を見ながら“星界か”とフラウは天を飾る幾億万の星々の輝きを夢想した。

 あの1つ1つがそれぞれ自身の住まうこの世界の様なモノであるならば。

 なるほど、2人の旅は永遠に終わる事が無さそうで良かった、と。

 フラウはヴィリを起こさない様に静かに彼女の額に口付けを落とした。

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