第2話キャラバン護衛②

 ◆◇


「お嬢ちゃん達すごいなァ!あんなでっかい怪物もぶっ飛ばしちまうなんてよ!…ん?どうした、そんな時化た面して…ああ、馬車が凍っちまった事か?そんなの気にしないでくれ、お嬢ちゃん達が居なかったら俺らァ、あの怪物に食われちまってたぜ」


 如何にも悪人といったヒゲ面の大男が破顔しながらヴィリへ話しかける。

 ヴィリは苦笑いを浮かべながらかぶりを振った。


「ああ、まあ悪かったよ。あとあたしはお嬢ちゃんなんて年じゃないぜ。30…んん?32だったかな、33だったかな。忘れたけどそんな感じかな。なあ、フラウ、あたしの年齢覚えてる?」


 ヴィリが傍らの…ヴィリの腕にへばりついている白髪の女性…フラウへ問うと、彼女はぼんやりした様子で答えた。

「私はヴィリ姐の年齢なんて教えて貰った事ないけど」


 そのどこか責める様な口調にヴィリはやはり苦笑を浮かべ、悪い悪いとフラウの頭を撫でた。

 周囲のむさくるしい男達はその様子にしなやかな黒豹と白猫が戯れている様な光景を幻視する。


「へえ!そんな年には見えねえなァ!まだ21、2の娘っ子に見えるぞ。なあ、俺の息子がもう25にもなるんだ。親の俺から見ても商才に富んでいてな、いずれは俺のこのキャラバンを継いで貰おうと思ってる」


 男…ゾックは誇らしげにヴィリへ言った。

 ヴィリは“ふうん、そりゃ良かった”と言った風情だ。


「それでな、お嬢ちゃん…じゃない、ヴィリさんを嫁さんとして……ッ!?」


 ゾックは慌てて口をつぐんだ。

 なぜならヴィリの腕にへばりついていたフラウが両眼をカッと見開き、その紅い瞳一杯に怒気を浮かべていたからだ。

 ここは砂漠地帯、ただそこにいるだけでも汗ばむ程の気温であるにも関わらず周囲一体の気温が何度か低下したようにゾックには思えた。


 フラウは基本的に周囲には無関心で、自身が侮辱なりされたとしても特に何を思う事も無く流す事が出来る。

 だがこれは彼女が寛容である事を意味しない。

 むしろフラウは非常に狭量だ。

 唯一、ヴィリに関する事だけはフラウは一片たりとも妥協する気は無かった。


 フラウのヴィリに対する感情は良い(?)意味で複雑だ。

 黴と血の香りのする旧習に染まった村で生まれた彼女は、アルビノと言う特異な容姿を異端視され、居もしない神への生贄に捧げられそうになった。

 彼女の父母は白い悪魔の親だと罵られ、目の前で殺され、幼いフラウは文字通り手も足も出なかった。


 そこで現れたのがヴィリだ。

 生贄を求める調子に乗った神を殺しにやってきたヴィリは成り行きで村を殲滅し、フラウを引き取り…紆余曲折あって今に至る。


 フラウにとってヴィリは親の様な姉のような…ともかくも己の異様な姿を見ても欠片も忌避感を見せないヴィリをフラウは強く慕い好意を寄せていた。

 それはあらゆる意味での好意であった。


「私からヴィリ姐を盗ったら殺す。盗ろうとしても殺す」


 フラウの呟きと同時にパキパキと言う音が静かに響き渡る。乾燥地帯とて大気中に僅かな水分はある。

 パキパキと言う音はその水分が音をたてて凝結していく音だ。ゾックがフラウからまじりっけ無しの殺意を感じ、弁明の為に慌てて口を開こうとすると、ドガン!という音と共に殺気が霧散した。


 ヴィリがフラウの頭部に頭突きをしたのだ。

 身体強化という技術に於いてヴィリはフラウより1枚も2枚も上手である。

 今のヴィリが本気で魔力を循環させ頭部を強化して頭突きをしたならば、その衝撃力は51キロの鉄球を高さ25階建ての高層ビルから落とした際のそれに匹敵する。


 勿論そんな力を込めてドついたわけではないが、ヴィリのお仕置き頭突きはフラウの常時身に纏っている魔力のヴェールをぶち抜き、思わず頭を抱えてしまうほどの痛みを与えた。


「フゥゥラウ!野良犬かてめェは!殺す殺すってきゃんきゃん吠えてるんじゃねえよ!もう少しあんたは社交性ってのを身につけないと駄目だね」


 うぐぐと頭をおさえるフラウにヴィリが説教をカマした。ちなみに社交性などというものをヴィリが語る資格は一切無い。

 彼女がフラウと同じ年齢だった頃、彼女はその辺の土地神やその信者を虐殺していたし、殺すなんて言葉は相手を殺してから吐いていた程の札つきであった。


 彼女は“連盟”という社会不適合者術師のサークルのようなものに所属しているが、その中でも口、柄、頭の悪さにかけては比肩する者が少ない程だ。

 フラウが野良犬ならば、ヴィリは狂犬病に罹患した闘犬であった。


 とはいえ、いまやヴィリも三十路であり、昔に比べれば大分落ち着いてきたと言えるが…。


 ◆◇


「は、ははは。仲が良いんだな。2人はどういう関係なんだ?」


 ゾックは大人しそうに見えるフラウの剣幕、ヴィリの柄の悪さにやや引きながらも話を続けた。

 魔王は討滅されたとはいえ世界にはまだ魔族の残党やら魔獣やらが跋扈している。そんな中でゾックは商隊を率いているのだからその肝は筋金入りだ。


 その質問にヴィリは適当なカバーストーリーを語る。

 自身とフラウの馴れ初め(?)を水知らずの相手に話すのもどうかと思うため、間に合わせの話を用意していたという寸法だ。


 曰く2人は冒険者で、フラウが魔獣に襲われ危なかった所をヴィリが助けた、という大雑把なストーリーはゾックにあっさりと見透かされるが、しかし彼もまた首を突っ込んで良い事と駄目な事の区別くらいはつく。

 とりあえずヴィリの雑な説明に納得するフリをした。


 そんなゾックをフラウが紅い瞳でじっと見つめていた。

 ゾックは視線と言うものが物理的圧力を伴うものなのかどうかを真剣に考える。

 それほどにフラウの視線にはなにやら名状しがたい力が籠っていた。

 ひとしきりゾックへ視線という刃を突き刺していたフラウはやがて口を開く。


「ねえ、ヴィリ姐。この人、ヴィリ姐の話が嘘だって感づいているよ。もう少し細かく話を作った方がいいんじゃないかな」


 ゾックもヴィリも天を仰いだ。

 世の中には“そう言うことにしておくか”という雰囲気が大事な事もある。

 それがまさに今だと言うのに。


「お前さぁ!ヨハン君みたいな事するよなあ…」


 ヴィリは兄の様な存在だと慕うヨハンの事を思い出しながら嘆いた。

 かの術師はヴィリの知る限りもっとも術師らしい術師であった。

 彼の振るう内心透徹の魔眼とも言うべき眼の前ではあらゆる嘘は暴き立てられる。

 ヴィリもつまらない嘘を何度も見通されその度に説教をされたものだった。


 今頃何をしているのだろうか?

 あの銀髪の女剣士と番ったというのは知っているが、子供の1人2人くらいは…などとヴィリが思っていると、ゾックが目を激しくまたたかせながら問いかけてきた。


「ヨハン?魔王討滅を成し遂げたって一団の中にも同じ名前の術師さんがいたなあ」

 ヴィリが、“ああ、そのヨハンだよ”と言うとゾックは目に見えて驚いていた。


「げぇぇ!?本当かよ、歴史上初めて魔族を自殺させたって噂の…?安らかに死ぬか苦しんで死ぬか、脅迫したって…」


 ゾックの震える声にヴィリは本日三度目の苦笑を浮かべた。

 相変わらずあの“兄”は邪悪だなあ、等と思いつつ。

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