白雪の勇者、黒風の英雄~イマドキのサバサバ冒険者スピンオフ~

埴輪庭(はにわば)

第1話キャラバン護衛

 ◆◇



 黒色の軽鎧を纏った女性は、身の丈に合わぬ青白い大剣を掲げて空高く飛びあがった。

 掲げた大剣には風が渦巻き纏わりついており、その様子を見ていた者は後に風の女神が天空より竜巻の剣を振り下ろした様であった、と語ったと言う。


「――竜……墜ィ!!!」


 女性…ヴィリの戦声と共に竜巻が地這竜グゥルムに叩き付けられる。

 猛烈な風速にさしもの暴竜もその体勢を崩し…当然の事だが、ヴィリの本命、要するに大剣での一撃は外れた。

 屈強な竜種とて今のヴィリの一振りを受ければ心身のみならず、魂魄までばらばらに引き裂かれてしまうだろう。

 だが無駄に竜巻を纏ってしまった事で地這竜グゥルムは吹き飛ばされた。

 吹き飛ばされただけなのでダメージも余り無い。


「あの、ヴィリ姉……」


 がおがおと威嚇してくるグゥルムを無表情で見つめるヴィリに、透き通る様な声がかけられる。

 ヴィリが振り向くと、まさに雪の精の如き白皙の女性が立っていた。

 髪の毛も白ければ睫毛も眉毛も白い。

 肌はこれまで一度も日に焼けた事がない、深窓の令嬢と言っても通るほどに透明感のある麗しさであった。

 しかしただ一点、その瞳だけは紅い輝きを放っている。

 吸血種の様な紅眼はしかし、かの種から邪悪さを取り除き、妖しさのみを残したかの様な何とも妖艶な…


 そんな瞳を真正面から見つめ、眉を顰めるヴィリは全く以て只者ではない。

 竜巻という大規模自然現象を引き起こす魔力と、妖しさ極めたる美少女を前にしていささかも揺るがない精神力は英雄の証左だ。

 惜しむらくは…ちょっと頭が悪い事くらいである。



「なんだよ」


 ヴィリの声色は殺気混じりで不機嫌そのものに聞こえる。

 だが長く旅を共にしてきたフラウには分かる。

 ヴィリは今酷く恥ずかしがっているのだと。


「私がやるよ」


 ゆるりとした所作でフラウが腰に佩いていた細身の剣を引き抜いた。

 いや、剣ではない。

 剣は極東で言う所の刀という得物であった。


 特に銘があるわけでもない数打ちの刀だ。

 極東から流れてきた品である。

 だがフラウにとっては得物がなんであろうと余り関係がない。

 少なくとも眼前の竜程度が相手ならば。


 あの日、ヴィリに助けられてからフラウはヴィリに剣の教えを請う。

 当初ヴィリはそれをすげなく断わったが、あんまりにもしつこいフラウの懇願についにヴィリは折れる。


 フラウはヴィリに助けられた事で、今度は自身がヴィリを助けたいと願った。

 いわゆる刷り込みに似たなにかがフラウとヴィリの間に芽生えたのだ。

 その願いは余りに強く、フラウの勇者としての覚醒を歪めてしまった。


 法神直属の殺戮機構として覚醒するはずのフラウは、教会を、法神を護る為の勇者ではなく、ヴィリを護る為の勇者となった。


 ヴィリが“あんたってまるで雪の精霊みたいな外見だよな”と言ったから、フラウは無意識の内に勇者としての力を氷雪の操作へと変容させてしまった。


 その日、砂塵に黒風が吹き荒れ、白雪が舞った。



 ◆◇


「あんたさぁ、もう少し周囲の事を考えなよ…ほら!馬車!あの人らの馬車、車輪が凍っちゃってるじゃん!」


 ヴィリはまさか自分が他人に“周囲の事を考えろ”等と言う日が来るとは思わなかった。

 そんなものは自分が家族から言われるセリフで、自分が言う事は先ず無いだろうと思っていたからだ。


 だがそれを聞いたフラウは茫洋とした視線を馬車に向けるだけで特に何かを答える様子もない。

 フラウにはどうでもいいのだ、ヴィリ以外の他人の事など。

 あの大きいトカゲはヴィリを困らせていた様だったから手を出しただけ…とフラウは考えている。


「あんたじゃない。フラウだよ。ヴィリ姉」


 フラウは唇を突き出し、何やら拗ねた様子でいる。

 そんなフラウを見たヴィリは盛大にため息をついて、フラウの頭をぽんぽんと叩き、馬車…自分達が救ったキャラバンの長の元へ歩いていった。


 凍りついた馬車やら車輪やら、そういうのを叩き割る為だ。

 それと謝罪。


 嗚呼、とヴィリは内心嘆く。

 世界中を股にかけ、チョーシに乗った神気取りのカス共をぶち殺していた自分は何処へ行ってしまったのか。

 倫理観も糞もない殺戮マシーンみたいな小娘のお守りをする予定は人生設計には無かった。


(あたしも歳をとったっていうことなのかなぁ)


 ヴィリはこれでいてもう30を超える。

 それでいて少女の様な外見なのはその身を賦活する膨大な魔力ゆえだ。

 かつて人の身でありながら大森林を統べる土地神とタイマンを張ったヴィリは、その性格こそ多少は丸くなったものの力という意味では些かも衰えては居なかった。

 相手が神でなくとも短時間ならば英雄の携えた神器を顕現させる事すら出来る。


 勇者としての力があるフラウはともかくとして、ヴィリがその力を増大させたのは何故なのだろうか。


 ヴィリ自身は決して認めようとはしないだろうが、結局はフラウの為なのだ。

 長く共に過ごした事で、ヴィリはフラウを大切な妹の様な何かだと思っている。


 ヴィリはフラウの両親の末路を知ってるゆえに、自身の大切な妹に二度とそんな思いを味わわせたくないと思っている。


 そのためにはどうすればいいのか?

 頭の悪いヴィリは自身がより強くなる事だと考えた。

 思いは正しく術に作用し、ヴィリは術剣士として更に高みに昇った。


 結局の所、殺す、より、護る、のほうが想いの強度としては強いという事の証左である。


 時は第四次人魔大戦終結から2年。

 闇の勇者【死想剣】のクロウを初め、西域東域の英雄達が力を合わせ魔王を討滅してもなお各地には魔が散り、悪を為している殺伐世界。


 これは荒れ果てた世界で二人の少女が特に使命などもなく好き勝手に旅をする物語。

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