第4話砂漠の街、テイラン②

 ◆◇


 ここは酒場だ。

 ヴィリは吞んだくれ、フラウはそれを穏やかに眺めている。


「テイランって言うとさー。砂漠に囲まれてるじゃん?なんだっけ、乾きの顎だっけ。なんでアギトなんていうのかなーって、流砂が多いかららしいんだけどさ、たっくさんある流砂のどれか1つが繋がってるらしいんだよ」


 酒精を入れて上機嫌に語るヴィリに、何処へ?とフラウが目だけで問いかける。


「どこってそりゃあ決まってるじゃん!古代王国「シュラッケン!」シュラッケン…って……あ?なんだてめぇ」


 命知らずにもヴィリの言葉に被せた者がいた。


「失礼、お嬢さん。僕は『砂塵の獅子』のリーダー、オーギュスト。人は僕を“砂漠に咲く血塗れの薔薇”と呼ぶ」


 オーギュストと名乗った男は贔屓目に見ないでもまあ整っていると言えるだろう。

 年齢的に20代の半ば程度だろうか?

 切れ長の目元は涼やかで、健康的な浅黒い肌に浮かぶ鍛え抜かれた筋肉は見栄えを重視したそれとは違い、機能美を感じさせる。

 髪の色は黒真紅というべきか、黒色に赤を僅かに混ぜたかの色合いをしていた。

 少量の赤が黒をより映えさせる。


 自身で名乗った血塗れの薔薇とは卓越した剣技から来ているのだろうか?腰に佩いた金の柄の細剣からは薄っすらと魔力が立ち昇っており、豪奢なだけではない怪しい気配を漂わせている。


 要するにどこからどうみても少なくとも外見は良い男だという事だ。そして得物を見る限りは恐らく腕もいい。


「僕の異名の由来が気になるのかい?ならば語ろう。血と栄光に塗れた英雄譚を。第四次人魔大戦は世界に大きな傷痕を残した。魔王は斃されるものの、世界中に散った魔族は……」


「…そう!僕は魔族と対峙した!恐るべき魔族の剣士だ。四つの腕からはそれぞれ殺戮の奥義が繰り出され……」


「馬鹿め!!僕の“薔薇”を甘くみたな!!!そう僕は叫んだ!!お前は人間を侮りすぎた!!僕の魔力が剣に伝導し、黄金に閃いた!!…君達も気になっているだろうが、僕の切り札の黄金の薔薇は……」


 オーギュストは気分よく語っているが、ヴィリは既に聞いていなかった。フラウからの酌を受け、どろりとした液体を飲み下した。

 テイランの名物、“万果水”だ。

 これは果実酒なのだが、複数の果物をドカドカ使っている。


「んん~…なるほどな。沢山の果実が手を取り合ってるのを感じるぜ。酸味も甘みも違う数々の果物の風味が互いに争わず、旨い酒にしようっていう目標に向かって一致団結しているんだ。まるであたしら連盟みたいじゃねえか。ああ、そうだ、フラウ、あんたの事もマルケェスに紹介しなきゃあなあ…」


 ヴィリは満足気に喉を鳴らし、フラウを見つめながら優しくその前髪をかき分けた。

 フラウはそんなヴィリをじっと見つめ、やがて自身の木ジョッキにも酒を注いでちろちろと舌先で舐めた。だがすぐに表情を顰める。どうにも味が濃すぎるようだった。


「君達ィ!!僕の話を聞いているのかね!?そこの白いお嬢さん!僕の話を無視して酒を舐めてるんじゃあないぞ!その酒はテーブルの上の緑色の皮の果物の果汁を混ぜるんだ。爽やかな酸味がその濃厚な味を打ち消してくれるだろう」


 ほーん、とヴィリが件の果物を取り、指先でピッと切れ込みを入れてフラウのジョッキへ果汁を垂らす。


「で、どう?」


 ヴィリが聞くと、フラウは慎重に酒を舐め、やがて頷いて答えた。


「いいかも。ありがとう、ヴィリ姐」


 万果水を飲むフラウは、ちらちらと…いや、凝視している視線を感じていた。

 先ほど助言をした男…オーギュストがじっとこちらを見続けているのだ。


 ふう、と1つため息をついてフラウはオーギュストの目を見る。自身を見るフラウの紅瞳の余りの妖しさに、彼は思わず息を吞んだ。

 侵し難い陶磁の如き静謐さが圧となり、オーギュストはまるで氷の女神に対峙しているかの様な錯覚を覚えた。


「…ありがとうございました」


 オーギュストにぺこりと頭を下げたフラウの頭をヴィリはわしゃわしゃと撫で回す。

 ヴィリ以外の他者に異常なまでの警戒心、敵対心を見せるフラウが敬語を使い、頭をさげて礼を言えるとは!


「オーギュストだっけ?ありがとうな。最初は鬱陶しい気障男が寄ってきてうんざりしてたんだけどさ、今はうんざりはしてねえから、まあそこに座って少し吞んでいけよ。でも自分の分は自分で払えよ」


 これはヴィリからしたら大分丸い発言だ。

 無礼には違いないが。

 だがオーギュストも砂漠の男である為、荒くれ共の相手は慣れていた。

 鬱陶しい気障男はニヤリと笑うと椅子を引き、すわって…再度ニヤリと笑った。


 その笑顔を見たヴィリは“やっぱり鬱陶しいな”と思うのであった。

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