2章【魔術戦場】

第7話:ボリス

 目を開けると、石造りの室内に居た。

 正面にある鉄格子を見て、牢獄だと分かる。

 ゆっくりと身体を起こすと右手が重い。ジャラジャラという音に視線を向けると、鎖で繋がれていた。


「起きたか」


 鉄格子の向こう側、こちらを見下す感情のない黒瞳。


「……フィアは?」

「約束通り、あの少女は放置している。……だが誤解するな。監視は付けてある。何時でも手を出せるということだ――」


 ――。


 ピンと伸びた鎖に引っ張られて、俺の拳は鉄格子の寸前で止まった。

 

「冷静なようで感情的だな。……だがよく考えろ」


 女らしくない傷だらけの手が伸びてきて、乱暴に顎を掴まれる。


「お前が役に立たなければ、代わりに少女が傷つくことになる。お前が命令に背いてもだ。分かったか?」


 返答しようと口を開けた瞬間には突き飛ばされた。石畳に尻もちをつく。


「……何をすれば?」


「ハハハッ! なんだ貴様は!? ”どうしてこうなった”、”なんで自分が”などと思わないのか!?」


「別に……? 僕はフィアを守れればそれでいいから」

「素晴らしい。来い、少女を救う方法を教えてやる」


 鉄格子の扉が開いて、中に入ってきた護衛に手枷を外された。

 赤くなった手首をさすって、女の後に続き外に出るとそこは全面石レンガの廊下。

 暗く狭い通路は牢獄と何ら変わらないが、細い窓から月明かりが差し込んでいて、何度も何度も階段を登ると、ようやく夜空が見えた。


 周囲を城壁に囲まれている要塞。その隅にある監視塔に連れてこられていた。

 眼下では無数の人々が松明を持って、慌ただしく走り回っている。


「この砦はもって一週間だ」


  女は地平線を指差す。紺色の夜空と、真っ黒な地上。それが交わるところに明かりが見えた。

 目を凝らすと、地上から浮き出るように銀色の防具が見えた。その隣にも、隣にもある。少し視野を広げると、一様に黒のマントを身につけた兵団が整列していた。


「……帝国軍」

「よくわかったな。数は2千。我々の10倍。……いや、今となっては20倍か」

 反対の門から出ていく集団を横目で見ながら、女は付け加えた。


「で、何をすれば?」

 帝国軍が迫っているなんてどうでもいい。この女は、何かをさせるために俺を連れてきたのだ。


「話が早い。貴様には我々の目的に付き合ってもらう」

「目的? 人殺しかな」

「その通りだ」


 女は軽く言い放った。その軽さに少しだけ怖気づく。

 感情のない隻眼が、命を奪うことに何の躊躇いもないと告げている。


「……誰を殺せば?」


 感情を押し殺すのには慣れている。冷静を装って、今まで一度も言ったことのないような言葉を口にした。


「良い心構えだ。だが……」


 瞬間、背筋が凍りついた。感じるのはただ明確な殺意。


 ――。


「ほう、面白い」


 破裂音がして、手が痺れる。

 放たれた何かが、足元の石レンガを穿った。


「やはりこの距離なら対処出来るか」


 女の手が、俺の武器を押さえてつけていた。そのままじっくりと観察される。


「飛び道具という点では弓に似ているが……、運用に困るな。威力は弓よりも遥かに大きい。隙も少ない。しかしこの音が足を引っ張る。こちらが気づかれていて、かつ中距離での自衛を目的とした武器のらしい」


 分析を終えた黒瞳がギョロリと上がって、こちらを覗き込んだ。


「名前は何だ」

「……ルワ」


「貴様の名前は知っている。この武器の名前だ」


「知らない。呼んだら出てくるから」


「能力による顕現か。貴様の能力は何だ、鑑定所でなんと言われた」


「銃を作るもの……、あ」

「銃? 銃か。……フフフ、素晴らしい」


 女は不気味に笑った。

 これが、……銃?


「おいボリス!」

「はいよ」


 女が揚々と叫ぶと、1人の男が階段を上ってきた。


「喜べ、勝てる算段がついたぞ」

「それはそれは」

 ボリスと呼ばれた金髪の男は、俺を一瞥すると「で、どうするんだ?」と女に尋ねた。


「コイツをお前の班に入れる」


「おいおい、勘弁してくれ。俺がガキ嫌いなの知ってるだろ」

「お前の好みなんて知るか。さっさと使い物になるように訓練しろ。作戦は予定から1日遅らせる」

「……チッ、こうなる気がしたから反対だったんだ」

「さっさと連れて行け」


「……チッ」


 2回目の舌打ちと共に、袖口を引っ張られた。

 そのまま階段を下り、廊下を少し歩いた所で離される。


「……」


 金髪の男はマゼンタの目でこちらを見下ろしながら、無言で短い顎髭を掻く。


「何をすれば?」

「黙ってろ」


 命令された通りに黙る。


「クソ、泣き叫べばまだ可愛いのによ」

「……」

「その細い腕、ろくに剣も握れん。一体何がてきるんやら」

「……」


「チッ、喋っていいぞ。名前は?」

「……ルワ」

「性は何だ」

「無いよ」

「……なるほど孤児か。攫うのにはうってつけって訳だ」

 汚らわしそうにこちらを見下してくる。


「何をすればいいの」

「……冷静だな。お前、家を焼かれて連れ去られたんだろ? 泣けよ」

「泣いたらなにか変わるの?」

「はぁ……」


 ボリスは大きなため息をつく。


「良いか? 俺たちは趣味で戦ってるんじゃない。それぞれ目的があって戦ってる。だがお前は空っぽだ、何もない。そういうやつは真っ先に死ぬ」


「……目的なら有るよ」


「何?」


「僕の目的はフィアを守ること」


「フィア? 誰だ? ……いや、それよりもお前1人じゃ無いのか?」


「僕にはフィアがいるから。フィアのために戦う」


「分かった。……クソ、そこまでやるかよ」


 自分の額に手を当てると、唾を吐き捨てた。


「お前らのはガキの騎士ごっこだ。そしてこれは戦争だ。分かるか?」

「騎士ごっこ……?」

「そうだ。何かを守るって言うのはな、依存することじゃ無い。そのために命だって捧げる強さが必要だ」

「……それくらい」


「じゃあなんでお前は生きてる?」


「それは……」


「お前には命をかけて守れる強さすら無い。だから騎士ごっこなんだ」


「……」


「この砦は出てく奴らばかりだ。今なら簡単に逃げ出せる。その列についていけば王都の方まで行けるだろうよ」


「……て」


「なんだ?」


「……教えて、強くなる方法」


「お前、人の話聞いてたか?」


 呆れるようにそう言うと、睨んでくる。


「聞いてた。強くないとフィアを守れないって」


「なんでそこまでする? ただ同じ孤児院だっただけだろ」


「理由……? 好きだから」


 答えると、ボリスの目が点になった。


「はぁ? ……本当にごっこ遊びじゃねえか。クソ、分かった。お前に戦場を教えてやる」

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