第5話:告白
炎が雲を照らす。
馬車だとあっという間だった道は、走ってみると遠かった。
その間にも孤児院の炎は燃え広がって、いつの間にか降り出した雨を燦々と映し出していた。
やっとのことでたどり着いて、玄関を開ける。
――。
口から漏れた声は言葉にならなかった。
そこには黒いローブの集団の後ろ姿があって、その奥には院長と何人かの見知った子どもが倒れている。
集団はこちらに気がつくと、無言でその杖を向けてきた。
――なんで、なんで……?
答えてくれる相手はいない。その場から逃げ出すと、後ろから足音が追ってくる。
とっさに森へと逃げ込んだ。走って、走って、走った。
「は、ははは……」
やがて足音が聞こえなくなり、俺は地面に倒れ込んだ。
自然と笑ってしまった。腹腹に触れるとドクドクと血が流れていた。
全てが分からなかった。世界はただ奇怪で、それがおかしくなってしまった。
視界が霞んでいく。
最後に、目の前に浮かんだのは、赤い髪。
「フィア――」
そうだ。まだフィアがいる。
なのに、なぜ僕はどうして逃げているんだ?
頭痛はするし、目も眩む。けれど俺は起き上がると、ただフィアに会いたい一心で、走り始めた。
森の中。草をかき分けて、茂みを這う。
たどり着いたのは、いつもの洞窟。
「誰――?」
いつもの声がした。
ああ、良かった……。
けれどその声は弱々しくて、いつもの凛とした雰囲気はまったくない。振り返った表情は不安で覆い尽くされていた。
「僕だよ、フィア」
「ルワ……?」
ボウっと、火が点った。
手のひらにロウソクのような小さな火を浮かべたフィアがこちらに駆け寄ってくる。
「良かった……、無事だったのね?」
「そうも言えないかな……」
抑えても血が溢れてくる。
フィアが支えてくれるから立っていられる。
「嘘…… この傷……」
「フィアも逃げてきたの?」
「そうよ!? 何時になってもルワがこないから、ずっと待ってたの……。日が暮れそうになったから帰ったらみんな燃えてて……、助けようとしたら魔術士みたいな人たちに襲われて……」
どんどん細くなっていく声。心情を表すように、火が揺れる。
「でも良かった……、ルワが生きていて。傷を見せて……?」
フィアは俺の服をめくると、口を近づける。
「ごめん。ありがとう」
血を舐め取ったあとで、火を使って肌を焼いてくれた、けれど熱いという感覚さえもう感じない。
焼かれていく肌と、冷たい腹部。現実と感覚の齟齬を見て、ああ死ぬんだと思った。
まあ、フィアが無事ならそれで良いか。それだけが心残りだったから。
なんかもう、寒いな。
全身の力を抜こうとした、その時だった。
「――」
洞窟の外から、声がした。
「静かに。火を消して」
「でも……っ」
「大丈夫。僕なら見えるから。居なくなったら言うよ」
「……わかった」
唯一の灯りが消えて、暗闇が戻ってくる。
やがて洞窟の外側に、1人2人とローブ姿が表れた。襲ってきた奴らだ。
……盗賊なら、こんな所まで来ないはず。一体何者だろうか。
なんにせよ、今は通り過ぎるのを待つしかない。
しかしその数は増え続けるばかりで、一向に立ち去る気配はない。そして――。
「大人しく投降しろ! ガキといえども容赦しない」
眩しいばかりの赤光が放たれたと思うと、音の割れた女の声が洞窟内に反響した。
光に包まれる洞窟。その入口にはローブの集団が一斉に杖を構えていた。
その杖の先には氷塊やら火球やらが生成されていく。
「確保しろ」
「了解」
ゆっくりと距離を詰めてくる集団から逃れるように洞窟の奥へと下がっていくが、すぐに突き当りに達する。
そこからはもう距離が縮まるしかなく、ものの十数秒で手が届く所まで迫ってきた。
「ルワ、約束して? 生まれ変わっても、友達でいてくれるって……っ」
金色の瞳に涙を浮かべながら、そんなことをいう。
友達か……。
どこまででも、フィアの中で俺は友達らしい。
友達とは対等だ。お互いに守り、守られる関係。
だが俺は違う。
好きになってしまったんだ。
だから、この命に変えてでも守ってみせる。
「力を貸して」
「ルワ!?」
フィアの身体を抱き寄せると、その熱を感じた。
――イメージしろ、フィアを守る方法を。
あの魔術士たちを殺せる武器を。
敵に向かって右腕を伸ばす、浮かび上がったイメージに、指を這わせた。
「【
イメージが現実のものになる。黒くてずっしりとした金属の塊が、手の中に出現した。
使い方は知らない。けど、わかる。だから――
乾いた破裂音が数度、洞窟内に響く。生温い感触のものが顔に付着して、再び闇が世界を閉ざした。
「反撃してきたぞ!」
「殺せ!」
その音を聞いた外の魔術士たちが、騒ぎ始めた。
「やめろ」
再び聞こえた女の声。今度は肉声だった。
「ガキども、聞け。一分後に洞窟を爆破する。そのまま死ぬか、投降するか選ばせてやるから決めろ」
闇の中を、淡々とした声が揺らした。
暗闇の中に取り残された俺とフィア。
「少し待ってて。話をしてくる」
「――嫌よ! 私も行くわ!」
そっと離した手を、 フィアは強く引き戻した。
「だめ。僕は戦えるけど、君は何もできないでしょ?」
その手を振り払って、出口に向かおうとした時。
「でも嫌っ!」
フィアが力強く石の壁を叩くと、真っ赤な業火が噴出した。
それは壁を溶かして、瞬く間に洞窟内へ広がっていく。
なんだ……? これは
赤い光がゆらゆらと揺れる。それが映し出すフィアの表情は笑顔で、しかし涙で濡れていた。
「1人で行くのなら、ここで一緒に……っ私、ルワとなら……」
悲しく笑いながら、そんなことを言ってくる、
……なるほど。それもいいな。
「……でも、君は僕のことを愛してない」
「え……っ?」
炎の勢いがなくなって、道が開けた。
「……嬉しい提案だったよ。だけど、僕が君を死なせない。僕が君を守る」
「ルワ……っ」
そんな悲しい顔をしないでほしい。俺はもうフィアが笑ってくれているだけで、幸せなのだから。
それはもう恋人になりたいとか、そんな感情じゃない。それを遥かに超えて――
「大好きだよ……、フィア」
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