第4話:友達
私たちを乗せた馬車はその日の夜、孤児院へと戻ってきた。
対面に座っているルワは寝てしまっていて、起こそうかとも思ったけれど、なんと声をかければいいか分からなかったのでそっとしておくことにした。
――似合ってるよ。
街に行く女の子だけが入れる、院長たちの衣装室。
そこにある大鏡に映る自分の姿は、確かにお姫様みたいだった。
って、自分で言うのもなかなか恥ずかしいわね……。
なんとなく脱ぐのが惜しくて、その場で一回転してみる。
ルワにはイチゴみたいって言われて、その時はカッとなっちゃったけど、それがルワらしいと言えばそうだった。
……その時の私は、ルワに恋愛感情を抱いていなかった。
物心ついたときからずっと一緒の友達に、急にそんな事を思うはずがない。
異性から「可愛い」とか言われたらそりゃ照れるけど、それはルワじゃなくても同じ。
だけどルワは”友達”で、ルワにだけはそういう事を言われたくなかった。思われたくなかった。
――好きだよ、フィア。
夜、眠れなくて外を見ていた時。隣の部屋から聞こえたあの言葉が頭から離れない。
ルワは私のことが好きなんだろう。
だけど、私の中でそんな気持ちは全く芽生えて来なかった。
……きっと、これがルアをおかしくしてしまったんだろう。
ドレスを脱いで、泥があちこちに滲んでいるいつもの服に着替える。髪の毛をワシャワシャとしたら、いつもの私がそこに居た。
これで、明日からはまた友達。それで良い。
……その行為がどれだけルワを傷つけたか、いまの私には想像すらできない。
☆
「フィア、おはよう」
「ルワ――っ!?」
次の日。朝食を食べ終わってから、フィアに声をかける。
「どうしたの?」
「え……? いや、なんでもないわ! 行きましょ!」
俺はフィアの友達だ。関係が壊れるよりはずっと良い。
だから、”フィアの友達のルワ”を演じることにした。なに、つい先日まではそうだったんだから、簡単だった。
「もう少し上に引っ張れる?」
「こう!?」
いつも通り。洞窟にはいって穴を広げていく。
「重い?」
「ちょっとだけ……っ」
「じゃあ僕も引っ張るよ」
一緒に石を引っ張る。手が触れる。
ドキリとした。暗闇の中、酸っぱい感情が湧いてきた。
それを押しつぶす。
するとその感情はドス黒い何かになって、俺を内側から引っ掻き回した。
……苦しい。
だが、仕方のないことだ。フィアを好きになってしまった自分への罰。
フィアに触れるたび、その感情に耐えた。耐えるたびに感情は大きくなって、1ヶ月もすればフィアを見るだけで苦しくなってきた。
そして、その日がやってくる。
「ルワ! 洞窟!」
「うん、分かった」
声をかけられただけで、心がグチャグチャになる。けれどそれをグッとこらえて、いつも通り洞窟に向かおうとしていたその時。
「……ルワ、少し話があるわ」
院長さんに呼び止められた。
「なんですか?」
「大切な話よ。来てくれる?」
「でも……」
「……じゃあ、先に行ってるわね!」
フィアの方を見ると、そう言って駆けていった。
大切な話? なんだろう。
院長室に通された俺は、扉を締めた途端に院長の表情が曇ったのを見逃さなかった。
「実は、孤児院に召集がかかったのよ」
「召集……?」
聞き慣れない言葉に、思わず聞き返す。
「ええ、そうよ。軍人さんのお手伝いをするの。……貴方が行きたくないと言うなら別の人でもいいのだけど、どちらにせよ1年間、誰かを送らなくてはならないわ」
「……そうですか」
「行ってくれる?」
「分かりました」
院長は申し訳無さそうな顔で「ありがとう」と言った。
前々から、雑用を頼まれることは多かった。
フィアと遊ぶようになってからは少なくなっていたので、久しぶりだった。
軍……、か。
昔から変わらず、この言葉には抵抗感があったが、なにも戦場に送られる訳じゃないだろうと思い、受けることにした。
何より黒い感情に歯止めが効かなくなっていたから、フィアと離れたほうが良いと思ったのだ。1年も離れれば、環境と共に何か変わるかもしれない。
「いつからですか」
「それが……、明日からなの。今日の夜には出発してもらうことになるわ」
……急だ。
「分かりました。荷物をまとめてきます」
「ありがとう」
俺はペコリとお辞儀をして、自室に向かう。
持ち物は少ないつもりだったが、思いの外片付けに時間がかかった。終わった頃には日が暮れかけていた。
「ルワ、時間よ」
「はい」
孤児院の玄関に出ると、そこには馬車が止まっていた。
こんなに早くまた乗ることになるとは。
「気をつけてね。いってらっしゃい」
「……はい」
見送ってくれたのは院長さんだけ。当然だ、急だったし。
1年、か。
長いような短いような、不思議な期間。帰ってきたら、またフィアと友達になれるかな。
遠ざかっていく孤児院。
曲がり道に差し掛かって見えなくなったその時、日が暮れた。
闇の中、ほんの少し先がランタンに照らされているだけの状態。
ふと窓の外を見ると、黒い何かが見えた。
なんだ、あれ。
進行方向の道路に、複数立っている。
「御者(ぎょしゃ)さん、前に何かいるよ?」
「……」
手綱を握っている男は答えなかった。
不思議に思って運転席を見ると……。
「え……?」
胸から血を流した男が、そこに居た。
何が起きたのか分からない。思考が止まった。
――。
馬の悲鳴と共に、ガラスいっぱいに血が付着した。
そして、横転する馬車。赤いガラスが割れて、ランタンの火が燃え広がる。
「た、助けて!」
自分の声が夜の森に響く。燃える馬車からなんとか這い出して道路を見ると、今さっき見えていた何かが人影だと言うことが分かった。
……よかった、人が居て。
しかしその人影は、俺がいくら助けを呼んでもこちらに来ない。
代わりに、手に持っていた杖を向けてきた。
「っ――!」
刹那、腹部に強い痛みが走る。何が起こったか分からなかった。しかし見ると、服が血まみれになっていた。
――逃げなきゃ!
本能が、恐怖でそれを伝えてきた。だから来た道を走った。
後ろから何かが飛んできて、近くの地面に着弾する。振り返る余裕は無かった。
そして角を曲がると……、赤い光が目に入る。
「え……?」
孤児院が、燃えていた。
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