第3話:秘密
……結局、フィアと遊べなかった。
その日の夜、人生で一番豪華なディナーを頂いた、スーツを脱いでベットに横たわった。
腹は満たされても、何かが満たされていない。
あれから何回かフィアの部屋をノックしてみたけれど返答はなく、ディナーの時も宿の人たちとの会話に精一杯で話せなかった。
寝れそうに無かったので、窓を開けて夜風に当たることにした。
日が暮れた街は、ポツポツと明かりがあるだけだった。
曇り空で月明かりは届かず、灯火がユラユラと揺れている。
一度寝れば、フィアは機嫌を直してくれるだろうか。
だけど、それを待つのは身勝手だなと思った。しかし他に出来ることも見つからず、待っている事しか出来ないもどかしさがある。
そうやってモヤモヤしていると、ふとそんな自分が馬鹿らしくなった。
物事はいつも、フィアを中心に回っていた。フィアがやろうと言うから俺もやり、フィアが怒っていると俺がこういうふうにモヤモヤした。
その時も、フィアは何も考えていかっただろう。ディナーに満足して寝ていたはずだ。それを考えると、ずっとフィアの事を考えている自分が馬鹿らしくなってきた。
どうしてこんなにフィアの事を考えるんだろう。友達でいたいのなら、別に何もしなくて良い。なにもしなければ、その関係は続く。
友達とは対等な関係だ。だけど、その時の関係はとても対等とは言い難かった。
どうしてか、俺はフィアに負い目を抱いていた。
何故ぜそうなったのかが分からず、困惑した。
そして、薄々その感情に気がついていた。
けれどそれは、……おかしい。
ようやく理解した。理解してしまった。
見ないようにしていたその感情を直視した瞬間、あっというまにに大きくなっていく。
それを考えると苦しくて、考えなくても苦しくて、その苦しみから逃れたくて、呟いた。
「好きだよ、フィア」
その一言で、世界に俺の恋心を認識された。
「――っ!」
たまらなく恥ずかしかった。慌てて窓を閉めて、ベッドに飛び込む。
友達のままでいたい、友達のままが良い。それが心からの声だった。
だけど同時にフィアのことばかり考える自分も居て、もう訳が分からなくなっていた。
俺は自分の声を押し殺すように、毛布の中で小さくなった。
☆
翌日。
結局眠れなかった俺は、窓から差し込む朝日に気がつくと起き上がった。
「おはようございます」
「あら、ルワお坊ちゃまも。お早いですわね」
朝食は7時と聞いていたが、部屋に居ても仕方がないので、身支度を整えて1階に降りる。すると、昨日の宿の人が声をかけてくれた。
……「ルワお坊ちゃまも」?
言葉に違和感を見つけてフロアを見渡すと、沢山あるテーブルの隅っこの方に見知った赤い髪を見つける。
「フィア、早いね」
「――っ。ル、ルワ!?」
飲んでいたオレンジジュースを力強く飲み込むと、フィアは慌てて立ち上がった。
フィアは世界の中心になれる引力が有る。
可憐で、行動力があり、魔術だって直ぐに使いこなした。
改めて見て、好きだと思った。しかし、俺には何も持っていない。告白する勇気すら持ちあわせていない。
だから作った。仮初の姿を。フィアを振り向かせるための、新しい自分を。
「昨日はごめん。ドレス、とっても似合ってるよ」
「――へ? あ、ありがと」
言えなかった言葉が、スラリと出てきた。
「朝食まで時間があるね。どこか行く?」
「じゃ、じゃあ散歩にいきましょ! 試験が終わったら帰っちゃうんだし!」
「そうだね」
いま思えば、その豹変ぶりにフィアも困惑した事だろう。けれど精一杯合わせてくれていた。
そんな事とは気づかず、俺はとても痛々しかった。
外に出るとヒンヤリとした空気が満ちていた。どうやら雨が降ったようで地面は少し濡れていたが、空は晴れ渡っていた。
そんな青空と赤い髪のコントラストはとても綺麗だ。
「フィアは可愛いよね」
「へ――っ!? ……あ、ありがと?」
金色の目に動揺が走る。俺がそういう事を言うたびにフィアは返答に困っているようで、そんな姿は新鮮で少し……興奮してしまっていた。
「あの青い花とか、フィアによく似合うと思うよ」
「そ、そうかしら!?」
名前も知らない花だった。だけど、似合うと思ったのは本当だ。
そんな事を言いながら街を巡って、宿に帰る頃にはフィアの顔は真っ赤になっていた。
そりゃあ恥ずかしかっただろう。「可愛い」とか、「お姫様みたい」とかそんな事を言われ続けるんだから。
でも、思い返すと一番恥ずかしいのは俺だったが。
「ありがとうございました。鑑定所は通りの突き当りにある教会でございます。帰りの馬車はこちらでご用意致しますので、お手数ですが鑑定が終わりましたらまたお越し下さい」
朝食を食べ終わって、俺たちは宿を出る。
「分かりました。ご厚意に感謝します」
「ごっ、ご機嫌麗しゅう!」
少し人通りが増えた通りを歩いた先には、孤児院の2倍はある巨大な教会があった。
「どっちが先に行く?」
「……私から行くわ!」
能力とは、魔術とは異なり生来備わった異能のことだ。凄い能力が出ればそれだけで職業が決まるらしいがそんな事は稀で、大半は発火とか、魔術でも置換可能な物が多い。
「この水晶に手を」
「はい」
フィアが水晶に触れると、赤いの煙のような物が水晶内で渦を巻く。
顎髭を蓄えた魔導士は水晶の中を覗き込むと、目を見張った。
しかし、直ぐに冷静さを取り戻すと、紙にペンを滑らせる。
「……
「リベラ孤児院です」
「分かりました。では次」
何だったんだ? 今の表情は。
「この水晶に手を」
「……はい」
水晶に手を置くと、微かな温もりが伝わってきた。
が、何も起こらない。
「うーむ……。これは……?」
しかし魔導士には何かが見えたようだった。
……なんだこの魔術士、胡散臭すぎる。
「なんと読むのですかな、これは」
魔導士はゆっくりと水晶と紙を見比べながら、何かを書いていった。
「どうぞ、読めますか?」
魔導士は紙をこちらに見せてきた。
――【
そう書いてあった。
「――なんですか? この、……銃? っていうのは」
「聞いたことのない言葉ですな。ただ、もう1つの”
なるほど、よく分からない物を呼び出す能力というわけか。
「どうやったら呼び出せるんですか?」
呼び出してみれば分かるだろう。
「それを強くイメージすれば良いのですが……」
イメージする?
「形も分からないのに、ですか?」
「ま、まあ、ふとした時に出るやもしれませんな。ハハハ。……次」
適当なことを。
まあいい。変な能力だが、別に最初から期待などしていなかった。……そう言うと嘘になるが、まあ近道は無いということだ。
「フィア、帰ろうか」
「そ、そうね! 早く帰りましょ!!」
宿屋の前まで戻ると、馬車が停まっていた。
「お足元にご注意くださいませ」
馬車の入り口は地面から浮いたところにあって、そこまで数段の階段があった。
「フィア、手を」
先に中に入って、フィアの手を取ったその時。
「あ、ありがと……。――あっ」
軽く載せただけの手指がスルリと抜けて、ドレスに包まれた身体が後ろに倒れていく。
赤い髪が宙を舞った。
「フィア――っ!」
伸ばした手が再び重なると、しっかりと掴まれた。
俺も握り返して、グッと馬車の中に引っ張り込む。
――。
背中が馬車の壁にぶつかり、ガラスが揺れる音がする。
握った手は離れていない。それを確認した時、遅れてフィアが胸に飛び込んできた。
「ルワ……大丈夫? その……」
こちらを見上げる金色の瞳。フィアはもたれかかって来ているので、身長が逆転していた。
伸ばされた赤髪が素肌に触れて、首筋に吐息を感じるほどに近い。
「――フィア」
好きだ。
ここで、もう言ってしまおうか。たった3文字。その一瞬で、関係は確実に変わる。
自分の鼓動が聞こえた。高まっているのも感じた。そのまま唇から出してしまえば、言葉になる――。
その時だった。温かい何かが首筋に落ちてきたのは。
「おかしい。おかしいわよ、ルワ……っ」
フィアは泣いていた。
ギュウっと俺の手を握り締めて、泣いている。
「今朝からずっと、まるで好きな人に話しかけるみたいに……。嫌なの、ルワとは友達がいいのに……っ。お願いだから、帰ってこれを脱いだら元に戻って……」
ポロポロと、涙が襟元を濡らした。
……良かった。思いを伝えなくて。
潤んだ金色の瞳の中で俺は、”友達”なのだ。
だから喉元まで出た言葉をグッと飲み込んで、代わりに1言をなんとか絞り出す。
「……ごめんね。ちょっとイタズラしただけだよ」
とびっきりの笑顔で、そう答えた。
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