第1595話、賊屋敷

「おい、カシラ今居るよな?」


 男は屋敷の門前まで辿り着くと、門の前に立つ兵士に声をかけた。

 とはいっても、その兵士は煙草を吸いながらで、チンピラの様に見えるが。

 装備こそ男と同じ物ではあるが、立ち振る舞いが兵士のそれではない。


「あん? んだ、何かあったのか?」

「だから来たんだろうが。何も無けりゃ来ねえよ。サボったのかってぶん殴られんだろうが」

「良くぶん殴られてじゃん、お前」

「っせえな。カシラが居るなら良いから通せ。それなりに急ぎなんだよ」

「あん?」


 どちらも良く知った顔なのか、普段ならもう少し軽口が続くのだろう。

 だが俺達を連れて来た男は苛ついた様子で告げ、その様子に兵士が少し驚く。

 その為少々見開かれた目は、しかし俺達に視線を向けると鋭くなった。


「急ぎねぇ・・・後ろの嬢ちゃん達か?」

「そうだ。詳しく聞くのは今はやめとけ。俺も聞いてねぇ。カシラに全部任せる」

「かーーー、なーんでそんな面倒臭ぇ事持って来るかね、この状況でよぉ」

「俺だって好きで持って来た訳じゃねえよ」


 兵士は門を開けながら文句を言い、男も文句を言い返しながら屋敷の中へと入る。

 そのまま屋敷の扉に横付けすると、飛び降りて屋敷の扉を開けた。

 兵士はその間ずっと俺を鋭い目で見ていたが、特に動く様子は無い。


 しかし、ヨイチではなく俺か。普通ならその目をヨイチに向けそうなものだが。


「おい、ついて来いよ」

「解った」

『いくぞー!』


 男に声をかけられたので、兵士から視線を切って車を降りる。

 屋敷に入ると使用人らしき恰好の女が出迎え―————。


「あん? 何だ、何があった。応援か? 手が足りねえなら行くぞ?」

「違うから大人しくしてろ」

「ちっ」


 ―—————まるで使用人とは思えない態度でナイフをちらつかせていた。

 何だこの屋敷。ちょっと面白いぞ。完全に領主屋敷じゃない。

 どちらかと言えば、賊の拠点だ。居並ぶ人間の空気感が完全にそれだ。


「使いではなく貴方が直接来るとは、ご当主に急ぎの報告ですかな」

「っす。カシラ、居ますか?」


 そこで二階から降りて来た身なりの良い老人に、男が畏まって頭を下げる。

 先程まで刃物をちらつかせていた女も、すっとナイフを閉まってすまし顔だ。

 二人だけでなく他の連中も同じだな。何ならそそくさと逃げた奴も居る。


 だが女に対し、老人がニコニコした笑みを張り付けたまま顔を向けた。


「屋敷内で無駄に刃物を出すなと、再三言っていたはずですが?」

「―———す、すみません」

「申し訳ございませんでした、ですよ。もう一度」

「も、申し訳ございませんでした・・・!」

「よろしい」


 荒くれ者にしか見えない二人の人間が、完全に縮こまっている。

 つまりはそれだけの強者という事で、優しい笑みは信用ならないな。

 この世界は本当に老人が強い。研鑽を重ねた体が衰え難いのも要因なんだろう。


 武王の師匠が言っていたという、内側に宿る魔力の話もこの辺りが理由か。

 そもそも武王の国も、馬鹿みたいに強い老人が複数人居る訳だしな。


「おやおや、申し訳ありません、私とした事が。この様な可愛らしいお客様に、ご挨拶もせずに待たせてしまうなど。私はこの家の執事をやらせて頂いております。以後、お見知りおきを」


 紹介の割には名乗らんのだな。そういう礼儀なのかもしれんが。

 割と多いからな。使用人に名乗らせないという文化も。

 ただその場合、使用人のした事は全て領主の責任、って事も多いが。


「そうか」

『よろしくー! とりあえずお茶とお菓子ね!』

「うっ、こんにちは。シオです!」

「きゅっ、ヨイチ、です」


 そっけない俺の返事にも老人の笑顔は崩れず、むしろシオ達を見て更に目じりが下がった。

 子供好きなのか、そういう風に見せているのか。腹の内が見えん老人だ。


「お嬢様方はご当主様のお客様、という事でお間違いありませんか?」

「ああ。本当は用など無かったんだが、この際だ。少々頼みたい事と、聞きたい事が有る」


 船に乗れればそれでよかったので、別に領主に用は無かった。

 だがここまで来たなら、ついでに聞きたい事が有る。

 俺を排除するという話を、この国や領主はどう思っているのかとな。

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