第1596話、初めて会う種族
「すんません。これ、預かって貰っていいスか」
「ふむ、これは?」
「コイツ等が出した金っス。幾らかは部下に振舞ったんスけど、たいして使っってないっス。詳しい話しもほとんど聞いてないんで、判断は全部任せたいっス」
「承知致しました。お預かりしましょう。貴方は持ち場に戻って下さって結構です」
「ッス。頼んます」
兵士の男は金と宝石を執事に渡し、頭を下げると屋敷を出て行った。
堂々と金を取った事を報告する辺り、これがこの街の在り方なんだろうな。
別にやましい事ではない、ある程度の賄賂も当然の街と。
これは犯罪者も街に潜んでいそうだ。街の秩序を乱さなきゃ潜伏ぐらいは許す街か?
「では、お客様方、こちらへ。ご当主様の所へご案内致します」
「随分素直だな。近づけてはいけない危険人物だとは思わんのか」
『妹の可愛さにやられたー?』
「ほっほっほ。これは異な事を。その男が屋敷にまで連れて来たという事は、手に負えないという事でしょう。つまりそれだけ暴れたか、もしくは大事なお客様のどちらかでしょう。前者なら止めた所で止まるとは思えませんし、後者なら尚の事案内しない訳にはいきますまい」
肩を揺らして愉快気に笑いながら告げる老人は、俺達に背を向ける。
その背はまるで無防備にも見え、だが俺の目はこの辺り信用がならない。
足取りがしっかりしている。弱っている老人のそれではない。
だがそれ以上の事が解らず、本当の達人の領域だと俺には何も察せない。
本当に隙だらけの可能性も有るが、そうでない可能性も大いにある。
まあ、冷静に考えればわざと隙を見せている、という感じだろうが。
使用人や兵士の執事に向ける目は、明らかに怯えが入っているしな。
これが普通の老人な訳が無い。強さに自信が有る上での背中だ。
それが俺に通用するかどうかは別として、強者なのは間違い無いだろう。
「それに、これはご当主様の指示でもございます。窓からお客様の姿は見えておりましたので、部屋に招く様にと指示を受けて私が参りました。私は指示に従ったに過ぎません」
窓からか。こちらからはその辺り、観察していなかったな。
だがまあ、そういう事なら素直に通されるのも納得だ。
そう納得して暫くついて行くと、通路奥の部屋の前で立ち止まった。
「ご当主様、お客人をお連れしました」
「おう、入んな!」
老人がノックをして声をかけると、部屋の中から大きな声が聞こえた。
扉越しでもはっきりと響くというか、太鼓でも叩いたのかと言いたくなる振動だ。
なにせ扉が振動で震えていたからな。どういう大声を出したらそうなる。
「失礼致します。お客様、どうぞお入り下さい」
執事が扉を開け、俺達に先に入るように促す。
背中を取られる事を躊躇するか、そんな事を確かめられている様に感じた。
勿論気にせず中へ入って行き、部屋の中に居ると言う領主は・・・魚人?
「よう、いらっしゃい。海賊屋敷へようこそ。こんな可愛らしい嬢ちゃんが、一体俺達に何の様だい。しかもこんなあぶねえ状況だってのに、無理をしてまで港にくるたぁよ」
『さかなー!?』
大きな机に肘をついてそう訊ねて来たのは、馬鹿でかい図体の魚人だった。
完全に魚の顔では無く、造形は人に近いが、髪の毛は無く鱗とヒレがある。
エラも有るな。なのに陸上なのか。肺呼吸のなのか、それとも両方いけるのか。
思わず観察してしまった俺を見て、男はカッカッカと笑い出す。
ただその声が煩い。笑い声で部屋を振動させるな。何だその声は。
「はっ、獣人が珍しいか、嬢ちゃん」
「じゅうじん。魚人じゃないのか」
『どう見ても毛が無い!』
「そうとも呼ばれるな。だが俺達みたいなのは大体ぜーんぶ獣人って呼ばれんだよ。魔獣混ざりなんていう奴も居るなぁ。ま、獣人は魔獣に魔術が寄ってるから、僻みも有るんだろうがな」
クックックと楽しげに笑いながら告げるそれは、中々新鮮な話だ。
魔獣交じり。つまりは魔獣の様な、人間の枠を超えた魔術が使えるという事。
となれば研鑽が無ければ届かない人間にしたら、僻みたくもなる対象だろう。
しかし初めて会った獣人が魚人か。魚人の海賊。成程海は我が物顔で暴れていそうだな。
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