第1591話、何の為の金

「おい、ここは暫くお前に任せる。これは全員で分けとけ」

「うっす」


 指揮官の男は部下に金を適当に幾らか渡し、その場を離れる旨を告げる。

 他の部下が不快に思う様子は無い。大半の金を隊長が持って行こうとしているのに。

 それだけ上下関係がキッチリあるのか、それとも使い方への信頼でも有るのか。


「おら、行くぞ、ガキンチョ」


 そして何故か、男は俺に向けて声をかけて来た。

 まるで俺が付いて行く事が決まっているかの様に。


「何処にだ。俺はお前に用など無いぞ」

「俺もてめえみてえなガキに用なんてねえし、出来れば関りたくもねぇ。だけどてめえを適当に街に入れちまったら、絶対騒ぎになんだろうが。人死にでも出りゃあ余計面倒になる」


 否定の仕様は無いな。既に門前で騒ぎを起こしているんだしな。

 街中だろうと何処だろうと、絡まれたら殴り飛ばす自信がある。


「武器を構えられん限りは殺さんぞ」

「構えれば殺すって事だろうが。良いからついて来い。どうせここに来た理由なんて、船に乗りてえからだろうが。目的地も大体想像がつく。なら適当に動かれて騒ぎになるぐらいなら、多少面倒でもてめえの望む所に連れてってやるつってんだよ」


 成程、確かにそれは助かるな。船に乗るにしても、誰に話を通すか考えていた。

 普通に港に行けば乗せてくれるのか、それとも何かしたの手続きが要るのか。

 とはいえ現金を持っていかれた以上、先ずは組合に行くつもりだったが。


 この国には組合がある事は知っている。なら多少は金を下ろせるはずだ。

 だがまあ、それも後で良いか。船に乗る話を付けてくれると言うなら先に済ませよう。

 ああいや、支払いが出来んな。金目の物は全部渡してしまった。やはり組合が先か。


「支払える物が無い。先ずは金を下ろす」

「金ならここに在んだろうが、察しがわりいな」


 男は心底面倒臭そうな顔をしながら、俺が渡した宝石類をポンポンと投げて見せる。


「貴様等への賄賂じゃなかったのか。もしくは貴様の上司への」

「そうだよ。だからその上司様の所に話に付けに行くんだよ。この金持ってってな」

「貴様の上司は船乗りなのか?」

「・・・マジかお前。マジか。本気で何にも解ってねえのか」


 俺の質問を聞いた男は、今度は心底呆れた様な顔を向けて来た。

 だが直ぐに表情を戻し、視線をヨイチへと移動させる。


「・・・本来はそっちの大男が、街に入ってから教えるつもりだったのか?」

「きゅ? ヨイチ、ふねののりかた、わからない」

「・・・は?」


 そういえば、ヨイチの事はまだ何も話していなかったか。

 囲まれた時も黙っていたし、主に喋っていたのは俺だからな。


「そいつは俺の弟だ。その手の知識に関しては俺以上に役に立たんぞ」

「・・・待て、今なんつった。弟? 兄貴の間違いじゃねえのか?」

「弟だぞ。コイツは俺より幼い」

「うっ! ヨイチ、おとうと。シオたち、おねーちゃんだよ。ねー、ヨイチ」

「しかもそっちの嬢ちゃんの方が年上なのかよ・・・何だコイツ等・・・」


 男は頭の痛そうなクシャッとした顔になり、俯いて盛大な溜息を吐く。

 だが直ぐに顔を上げ、もう一度溜息を吐いてから頭をガリガリとかいた。


「てめえらに常識を当て嵌めるから疲れるんだな。取り敢えずもう気にしねえ。何が有ろうと気にしねえ。気にしても疲れる。無駄話してないで、とっとと行くぞ」

「話し出したのはお前なんだが」


 ヨイチに話を振ったのはお前だし、俺達の関係を聞いて来たのもお前だぞ。

 態々話したくて話した訳じゃない以上、お前が勝手に疲れているだけだ。


「あーあー、そうですね、悪うございましたね。解ったから早く行くぞ。頼むから話をすぐに済ませて俺を開放してくれ。ああクソめんどくせぇ。今回は楽な仕事を取れたと思ってたのに」

「ご苦労な事だな」

「・・・このガキむかつく」


 そうしてぶつぶつ言いながら歩きだし、俺も大人しくその背について行った。

 まあ、おそらくは海賊の頭に会いに行くのだろうな。

 俺が疑問だったのは、直接頭に会えるのかという意味だったんだが。

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