第1590話、ふっかけられる

「それで、通って良いのか?」


 かなり嫌そうな顔で天を仰ぐ男に対し、一応確認は取っておく。

 まあ返答など関係が無いが。断られたら押し通るだけだからな。


「・・・駄目って言っても通るんだろ、お前」

「そうだな」

「じゃあ聞くなよ・・・」


 物凄く嫌そうな顔をされたが、返答次第で俺の態度も変わるぞ。


「金は払うぞ。そこまで無視する気は無い」


 なのでそう告げると、男は少し驚いた顔を見せた。

 俺がそんな事を言い出すと思わなかった、という様子だな。


「・・・意外だな。それこそぶん殴って無視すると思ってたんだが。俺達をぶん殴ってでも通るつもりなら、金なんて払う必要もねえだろうが」

「それは道を塞がれた場合の話だ。捕らえるつもりであれば、どう足掻こうと俺達を素直に通すつもりは無いだろう。目的が達成されないなら、当然従う選択肢は無い」


 あのまま大人しく捕まれば、良くて牢屋、悪ければ処刑だ。

 一応街中に入れるかもしれないが、俺達に行動の自由は無い。

 なら結局脱走するだろうし、ならばここで暴れても同じ事だ。


 街に入れて貰えないならば、尚の事暴れる一択だろう。

 だが金を払えば通すと言うなら、通れる以上文句は無い。

 絶対に通れない選択肢じゃないからな。


「あー・・・めんどくせぇ、このガキ」

「良く言われる」


 肯定する俺の言葉に対し、男は舌打ちで返して来た。

 先の態度を考えると、精霊付きという事にも気が付いているはずなのに。

 俺が危険と解っていても、この態度を崩さないのは中々良いな。


 相手が強いと解ったとたん遜る奴より、何倍も好感が持てる。

 まあ、兵士としての面子も多少は在るのだろうが。後は隊長としての矜持か。


「じゃあ払って貰うが・・・先に言っとくが吹っ掛けるぞ。クッソ面倒な奴を通すんだ。それ相応の額を払って貰わねえと困る。俺が首になるだけじゃ済まねえかもしれねえからな」

「幾らだ」

「つーか、そもそもおめえが幾ら持ってんだよ。はした金じゃ話にならねえぞ」

「ふむ・・・ちょっと待て」


 今日も今日とて鞄は持参しているので、中に宝石類は詰めてある。

 この辺りでも使える現金も持っているが、どちらが良いのかは解らん。

 なので取り敢えず全部出して、片っ端から兵士の前に投げ捨てる。


「これで金になる物は全部だ」

「・・・中身は・・・小銭じゃねえな・・・こっちは宝石か・・・本物、か? 」


 宝石や現金が本物かどうか、取り出して確認を始める兵士達。

 だがコイツ等、鑑定など出来るんだろうか。俺は出来ないぞ。

 まあ良いか。偽物だと言われたら、それこそ押し通るとしよう。


 流石にそれは何癖が過ぎる。せめて鑑定士でも呼んで来い。


「じゃあ、これは全部貰うぞ」

「本当に吹っ掛けて来たな。相当な額だぞ」


 受付嬢には、高級宿でも問題無く数日止まれる額を用意して貰った。

 だと言うのに全額という事は、ぼったくるにも程が有るだろうが。

 儲けている商人ですら、賄賂で払うには怪しい額な筈だぞ。


「俺は最初にそう言ったはずだぞ。んでてめえは全部素直に出した。なら文句を言われる筋合いはねえぞ。それとも何か、てめえは自分で言った事に唾吐くってのか。俺達にあんな啖呵を吐いたクソガキが、都合が悪くなったら翻すってのか?」


 確かに言ったな。ぼったくると。そして俺は払うと。

 そう言われて無警戒に全部出した以上、持っていかれるのも仕方ないか。

 まあ、別に全財産持っていかれた訳でもないし、現金は何とかなるから良いだろう。


「そっちの高そうな服は止めておいただけ、加減したと思って欲しいもんだな」

「これを取り上げようとしたら、その時は殴っている」


 魔獣装備は確実に、今払った額よりも更に高い。

 そもそもこれは俺達の大事な装備だ。渡してたまるか。


「だろうよ。てめえが差し出さねえって事はそういう事だろ。だから出せる分は全部貰う。出せねえ分は手を出さねえ。その辺りで手を打つしかねえだろうが、お互いよ」

「ちっ、確かにその辺りが落としどころか」


 俺が出しても痛くないと思った分は全部貰う。

 その判断が出来る観察眼に対し、今回は負けを認めてやる。

 支払いを事前に宣言させなかったのは俺の落ち度だろうしな。

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