第1589話、優先すべきは

 指揮官は俺の事を鋭い目で睨み、その間他の兵士達に動く様子は見られない。

 誰か一人ぐらいはかかって来るかと思ったが、統制がしっかり取れている様だ。

 ただシオに掴みかかっていた兵士は、シオを掴んだまま放してないが。


 ヨイチには掴みかかる寸前の間合いのまま、指示が出れば飛び掛かると言う感じだな。


「・・・連れの身の安全は考えてねえのか?」


 俺が少し視線を動かした事で、周囲の確認をした事が解ったのだろう。

 となれば当然、仲間の安全を確保しようとしたと考える。

 だが俺が暴れるという事は、仲間も巻き添えになるという事だ。


 それで良いのかという問いだが、そんな物は何の意味も無い。


「貴様は俺達を捕えようとした。手荒にな。その時点で俺の行動で何かが左右される状況じゃないだろう。ならばその問いに何か意味が有るとは思えんのだが?」


 仲間のみの安全を問うので有れば、手荒な真似をしない事が前提だ。

 既に捕らえる指示を出している以上、その問いには何の効力も無い。

 貴様らが捕らえると言うから、それに逆らっているだけだ。


 仲間の身の安全を考えるなら暴れるな、と言える状況は既に逸している。


「そいつらが人質にされても同じ事が言えんのか。ソッチの小さいのは抑えてんだぞ」


 シオは特に抵抗していないので、兵士には掴まれたままだ。

 なので一見既に抑えられている様に見えるし、人質を取ったに近いか。

 実際はシオがその気になれば、特に問題無く解放される訳だが。


 とはいえ、それすらも関係は無い。俺に対し人質は意味が無い。


「人質というのはな、その身の安全を守りたい人間にしか効果が無い」

「仲間が死んでも構わねぇってのか?」

「極論はそうだ。俺に脅しは意味が無い。確かめてみるか?」


 仲間の命が惜しければ従え。そんな言葉に従った所で何の意味が有る。

 従っても殺される時は殺される。従った所でこちらに得など一切無い。

 ならばそんな物は無視して敵を倒す方が、余程意味のある行動だ。


 そもそも人質を取る様な輩が、素直に人質を返すと思う方がおかしい。

 従った所で、人質もろとも殺されるのが関の山だ。

 ならば抗って見せた方が、まだ人質を助けられる可能性が有る。


「まあ、もしその行動を取る場合は、流石に貴様等は全員殺すがな。俺が貴様らに容赦をしてやろうと思ったのは、治安維持の兵士だからだ。野盗崩れの命を惜しんでやるつもりは無い」

「っ・・・!」


 俺が殺さないと約束するのは、あくまで俺を捕らえる事に関してだけだ。

 人質を取って、その人質を殺す様な真似をするなら、一切容赦する理由は無い。

 それは公僕のやり方では無いだろう。治安維持の兵士が取る手段では無いだろう。


 その時点で俺と同じ悪党だ。職務外の行動を取る悪党であるなら、容赦は必要が無い。

 故に殺意を込めてそう告げる。もしやれば本気で殺すつもりだ。

 そんな俺の宣言に指揮官は一瞬驚く顔を見せ、だが直ぐに落ち着き部下に目を向ける。


「・・・全員、武器を下ろせ」

「「「「「隊長!?」」」」」

「聞こえなかったのか。武器を下ろせ。それと、そっちの嬢ちゃんからも手を放せ」

「で、ですが・・・」

「放せつってんだよ! 良いから放せ!」

「は、はい!」


 指揮官の選択に納得がいかなかったのか、全員渋々と言った様子で武器を下げる。

 意外だな。最低でも兵士としての行動を貫くかと思っていたんだが。


「てめえが本気な事は解った。あんな芸当が出来る小娘だ。下手に捕えようとしたら、何人殺されるか分かりゃしねえ。現状別に、てめえが何かした訳でもねえ。見覚えがねえって事は、この辺で何か悪さした訳でもねえって事だ。たとえ他国から逃げて来たとしても、俺には関係ねぇ」

「成程?」


 たとえ俺が国外の犯罪者だとしても、この国で犯罪を犯した訳じゃない。

 この国に損害を与えていない上、捕らえる為に死人を出す価値が無い。

 優先すべきは自分達の利益であり、他国の損害等どうでも良い。


 そういう判断をしたという事か。何とも冷静な話だ。だが。


「他の街で何かやらかしているかもしれんぞ?」

「だとしても知らねえよ。俺の仕事はこの街の警備だ。手配書でも回ってんなら兎も角、てめえの顔なんて知ら―————っ、いや、気のせいだ。知らねえ。ああ知らねえ」


 うん、今何か様子がおかしかったな。何かに気が付いた様な態度だった。

 知らないと言っているが、知らない事にしようとしている風に見える。

 まさか手配書が回っているのか。犯罪者扱いか。連中め、やってくれる。

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