第1588話、やる事はただの我が儘

 同僚が投げ飛ばされた先を見て、全員が固まって動く様子が無い。

 理解不能な光景に、頭が上手く処理出来ないでいるんだろう。

 そんな兵士達に対し、ゆっくりと口を開く。


「俺達はお前の言う通り、不法入国なんだろう。貴様らの役目としては、俺の事は捕えなければいけない立場なのだろう。前後関係を考えれば、今回仕掛けたのは俺となるだろうな」


 この兵士達は武器を向けて来た。俺に手を出して来た。

 だがその原因を作ったのは、根を張っている国に侵入した俺だ。

 俺としては国の法などどうでも良いが、兵士達は役職としての義務が生まれる。


 つまり、法を犯した俺を悪と断じ、捕らえて裁かねばならない。

 勿論悪だと断じられる事は一切構わない。望んで悪党の道を歩んでいるんだからな。

 だがそれはそれとして、仕掛けたのが俺からだと言うのが重要だ。


 売られた喧嘩ではない。むしろ俺から喧嘩を売ったに近い。

 背後に連中が居れば話は別だが、その辺りの裏は取れていない。


「だから、武器を向けても殺しはしない。約束しよう」


 俺にとっては、この港町から件の島国に向かう事は確定事項だ。

 だがそれは出来れば迷子にならない為に、船が欲しいと考えたからに過ぎない。

 

 故に俺の行動方針を曲げてまで協力を要請する理由は無い。

 端的に言えば、どっちでも良い。協力してもしなくてもだ。

 時間はかかるだろうが、単独でも移動出来ない事は無いんだからな。


 辺境の山を抜けたのも、そちらの方が面倒が少ないと考えただけに過ぎない。

 もし他に道が無いのであれば、当然諸々の都合を無視して突っ切っていた。

 そこに面倒が有ろうが無かろうが関係無い。行くと決めた以上は行く。それだけだ。


 だがそれは俺の我が儘で、こちら側から喧嘩を売っているに等しい。

 我が儘を通す事に多少の負い目が無い訳ではない。

 俺の通り道に居た事自体は、何一つ悪くは無いんだからな。


 むしろ悪いのは俺だ。筋を通していないのは俺だ。間違いなく悪なのは俺だ。

 故に兵士が俺を捉えるのは当然だし、それに逆らうのも筋は通らない。

 別にコイツ等が俺の喧嘩相手では無いしな。完全に迷惑な我が儘だ。


 何よりただ仕事を全うしている人間を、あまりに意味のない我が儘な都合で殺すのは俺の気分が良くない。

 色々と理由は付けたが、これが一番大きな理由か。


「売られた喧嘩でない以上、その程度の譲歩はするべきだろうからな。さて、そろそろ何が起きたか納得できたか。どうする、俺達を通すのか、捕らえるのか。どちらでも構わんぞ」


 驚きの余り固まっていた兵士達だったが、俺の言葉に余計に困惑していた。

 だがようやく頭が理解し始めたのか、それぞれの反応を見せ始める。

 憤る者や、困惑を続ける者、警戒する者も当然居る。


 ただ先程『捕えろ』と指示を出していた、指揮官であろう男は冷静だった。


「・・・何モンだ、お前」

「ただのガキだ。生まれて数年のな」

「はっ、馬鹿言うな。ただのガキが大の男を投げ飛ばせるかよ。どう考えても普通じゃねえし、ハッタリかましてるツラじゃねえ。俺達なんざ簡単に捻り潰せる。そう考えてんだろう?」

「いいや、違う。俺はそんな事、一切考えていない」

「何・・・?」


 油断は良くない。目の前の相手が弱者と考えるのは危険だ。

 武王の様な存在が居る可能性は、何時だって頭の片隅に在る。

 故に俺が考えているのは、そんな油断からの思考では無い。


「ココに居る誰かが俺を殺せる実力が有ろうと、全てが関係無いというだけだ。目の前に立つ者が誰であろうと、俺が進む道を塞ぐならぶん殴る。例え殺されてもな。それだけだ」


 そう。ただそれだけ。たったそれだけの事でしかない。

 それこそ、目の前の男があの女王並みに強かろうと、一切関係が無い。

 俺は俺の我が儘を通す為に、行くと決めた以上何が立ち塞がろうが行くだけだ。


「はっ、成程、もっと馬鹿げてやがる。完全にいかれてる」


 俺の言葉を聞いた指揮官は、眉間に皺を寄せて嫌そうに吐き捨てた。

 そうだな。俺もそう思う。さて、その馬鹿を貴様はどう扱う。

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