第1587話、言い訳のしようが無い

「何故俺達が街道を通っていないと疑うんだ?」


 完全に確信を持って言っている様だが、もしかするとブラフかもしれない。

 なのであくまで疑いでは無いのかと問うと、目の前の兵士は鼻で笑った。


「今この街の周囲には、警戒の為に人が通らない様に伝令を出している。既に街に入った人間は外に出ない様にもな。伝令を出してすぐなら兎も角、今更のこのこと街道を歩いて来た三人組が居るとなれば、伝令に出会ってないという事だろう。さて、言い訳は有るか、小娘」


 成程、これは言い訳がきかない。確かにそうなると、俺達が潜んでいた事は明白だ。

 態々街道を避け、兵士を避け、一体何をコソコソしているのかと。

 そんな疑いの言葉をかけられたとしても、一切の言い訳のしようが無い。


 だがそれはそれで一つ疑問が残る。随分と伝令が早くないかと。

 何より山に何かが起きたとして、そこまで素早く行動に移すも居のなのかと。

 特に人の出入りに制限をかけるという事は、貿易の有る港町には痛手になるはずだ。


 あの土煙が人の流れを止めるだけの理由になるだろうか。

 いや、なるかもしれないか。遠目に解る程の土煙だしな。

 それでもやはり、随分対応が早いとは思うが。


「もし街のガキ共が森に入って知らなかったと言うなら、それこそ俺達が顔を覚えていない訳が無い。そういう連中は出入りが頻繁だから、大概は顔見知りだ。大人の言う事を聞かねえ悪ガキ共は特にな。目立つから忘れようがねぇ」


 俺が考え込んでいるのを見て、言い訳を探していると思ったのだろう。

 先回りして言い訳の材料を潰しに来た。とはいえ、そんな言い訳をするつもりは無いが。

 因みに、その間に数人後ろに回り込んでいる。逃がす気は無い感じだな。


「まあ、詳しい話は向こうで聞かせて貰おうか。逃げるなら手荒になる。ガキを痛めつける趣味は無いし、大男の方は手加減が出来ねえぞ。逃げるのはやめとけ」


 俺を睨みながら脅しつける男だが、特に恐怖などは感じない。

 殺意という物が無い。恐らく本気で、俺を痛めつける気が無いのだろう。

 ただヨイチ目を向けた瞬間、本気の殺意が見え始めたが。


 ガキは逃げても取り押さえられる。だがヨイチは逃げたら殺すという事だろう。

 余りにも手荒な手段に思えるが、海賊の纏める街の兵士ならそんな物か。

 そもそも怪しくないなら逃げなければ良いし、既に怪しまれているからこその対応だしな。


 逃げるという事は、つまり兵士に捕まる様な心当たりがある人間とみなされる訳だ。

 とはいえ大人しく捕まった所で、尋問で済まずに拷問という可能性も大いにあるが。

 まあ、逃げはしない。逃げる訳が無い。逃げる理由が無いからな。


 目的がある以上、何が有ろうが最後は押し通る。無理やりにでも。


「俺達は間違いなく怪しい存在だろう。街道も確かに通っていない。山を突っ切って来た」

「・・・随分正直だな」


 故に正直に答えた。もう誤魔化す意味も感じられんしな。

 俺に質問をしていた兵士は、ヨイチから俺へと視線を戻す。

 ただその顔には困惑が見えており、俺の真意を探っている様に見えた。


「まさか、国境もちゃんと通ってねえんじゃないだろうな」

「貴様らの言う『ちゃんと』がどういう意味かはしらんが、誰かに許可を得て通ってはいない」

「―———不法入国か。黙ってりゃいい事を正直に言いやがって。面倒くせえ。ガキは少し事情を聴く程度で済ませてやろうと思ってたのによ。手荒に行くしかなくなっただろうが。口止めぐらいしておけっつの」


 黙っていれば良い? そうなのか。その辺りの常識は今の所良く解っていない。

 何だかんだ国を渡るときは、正式な手順で渡って来たからな。

 国境の警備が張られている関所で、身分証を出して通って来た。


 だが正式な手順を踏まなくとも、山の中を突っ切れば国越えは出来る。

 そのまま国の中央にさえ行ってしまえば、手続きの真偽など定かには出来ない。

 となれば、黙ってさえいればバレはしない、というのは確かか。


 有名人がこっそり入って、国の中で目立つ行動でもしない限りは。

 とはいえ山には魔獣が出るので、普通の人間なら素直に街道を使うだろうがな。

 ああ、だからこそか。黙って通る様な奴に関わるのは基本面倒だと思うのは。


 それだけの力を持っているか、他国で余程の犯罪を犯した人間の可能性が有るから。


「捕えろ」


 兵士の発言を考察していると、当然ながらそんな指示が出た。

 俺とシオには子供だからか、兵士はそれぞれ一人ずつ。

 だがヨイチは大男な事もあって、四方から四人がかりで。


「触るな」

「うわっ!?」


 シオは無抵抗だったが、俺は掴んで来た兵士を投げ飛ばした。

 当然だろう。俺は此処を押し通りに来たんだ。大人しく捕まる理由が無い。

 放物線を描いて飛んで行く同僚に、兵士達は茫然とした顔を向けていた。

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