第1572話、心は

「・・・物凄く今更な確認なのだが、貴殿はこの件を広めた国に向かうつもりか?」

「そうだ。ただ途中で方向を間違えたらしくここに来た」

『迷子は得意なんだよ!』


 迷子じゃ・・・いや、迷子か。そこは否定できんか。

 ただ目的地は解っているので、完全に迷った訳では無いが。

 明日の夜には確実に到着するはずだ。ここからなら一日かかるまい。


「その国を潰す為、という判断だろうか」

「結果的にそうなるかもな。少なくとも俺に喧嘩を売って来たのは確かだろう。俺を排除した方が良いと、殺した方が良いと、その為の協力を仰いでいるんだ。ならば自分達が殺されても文句は言わせん。他者を殺そうとするなら、当然自分も殺される。当然のリスクだ」

『兄は妹を守るぞー!』


 連中の狙いがどうあれ、後ろに居るのが誰であれ、俺がやる事は変わらない。

 俺は喧嘩を売られた。だからその喧嘩を買いに来た。ぶん殴りに来た。

 勿論一切の容赦はしない。俺を殺すつもりなんだ。容赦する理由が無い。


「・・・民も、皆殺しか?」

「いや、兵士ではない一般人は俺に何かを仕掛けて来ない限り構う気は無い。国として俺に喧嘩を売っては来たが、挙兵して来た訳でも無いしな」

『妹ってば、やっさすうぃー!』


 別に優しさではない。単に俺の考え方がそうなっているだけだ。

 喧嘩を売ってきた相手を間違えない様にしたいだけだ。

 何も知らん、殆ど関係の無い連中は、俺の喧嘩相手ではない。


 まあ国に所属している以上、完全に無関係というつもりは無いが。

 仕掛けて来るなら殺す。それが女子供であろうとも関係は無い。

 戦争でゲリラが子供なんて事もザラだ。甘く見た方が死ぬ。


 そして子供を戦争に使う様な国なら、もう国を滅ぼした方が良い。

 ガキを殺す方針を出しながら、のうのうと生きる様な老人共は全員殺す。


「俺を殺すと明確な意思を見せた中枢部の人間を殺す。とはいえ文官共は見逃すか怪しいがな。たとえ反対派であっても、国に所属して、この方針を発信した王に仕えているんだ」


 王を諫めようとしているかもしれない。この件を撤回させようと奮闘しているかもしれない。

 だがそれでも、現状は俺に喧嘩を売っているんだ。喧嘩を売った人間の部下なんだ。

 なら兵士は当然容赦する気は無いし、文官であろうと容赦する対象ではない。


 態々賛成派か反対派かを確かめるつもりは無い。そこまで優しくは無い。

 連中にとっては理不尽だろう。敵対するつもりは無いのだろう。

 だがそんな事は向こうの都合だ。現状はこの話を止められていないんだ。


 もし俺が抗う力の無い人間なら、心の弱い人間なら、この件にどういう行動を取ったか。

 逃げただろうか。殺されただろうか。自死しただろうか。塞ぎ込んだだろうか。

 何にせよ自分の身に何かが起きる事は確かだ。被害が有るのは確実だ。


 ならば文官に非が無いなどとは言わせん。無関係だなどとは言わせん。

 そいつらも加害者の一人だ。喧嘩を売った人間の一人だ。

 本当に無関係を主張したいなら、その国から逃げるべきだ。


「まあ、国の為を思って真面目に立ち回ろうとしている大馬鹿も居るかもしれんが、それこそ命を無くしても最後まで大馬鹿を通すだろう。だが、やはりそこまで気を使ってやる理由は無い」

『楽しく踊ってくれるかもしれないのにー?』


 そうだな。楽しくやれるかもしれん。そんな大馬鹿なら面白いかもしれん。

 女王がそうだと言える、二度と戦いたくないが、良い馬鹿女だった。

 だがそれでもだ。それでも確認はしない。容赦はしない。


 これから向かう国は敵地だ。相手は敵だ。敵は殺す。それだけだ。

 俺の向かう先に立ち塞がる者が居るなら、相手が何者だろうと関係が無い。


「・・・そう言いながら、心を痛めそうだがな、貴殿は」

「勝手に俺を想像するな。敵を殺して心を痛めていたら埒が明かん。そんな人間であれば、この国で平然と人を殺していないし、貴様の母親とて殺していない。そんな優しい人間ではない」

『そうかな?』

「そうだろうか」


 聞こえていない癖に、新女王と精霊の言葉が被った。

 何故そこで疑問に思う。疑問が出る要素は無いだろう。


「貴殿は、確かに苛烈で危険な人物だが、誰かを想う心は持っている。殺すつもりの無い相手を殺す事に心を痛める事が無いとは、私には思えん」

『うんうん、良く解ってるね。妹はひっそり泣く子だからねー』

「なら勝手にそう思っていれば良い。何にせよ、俺のやる事は変わらん」


 たとえ彼女と精霊の言葉が真実だったとして、だから何が変わると言うのか。

 苦しかろうと、殺さなければ殺される。ならば殺すだけだ。

 生きる為に、生き抜く為に、敵対者を許す訳にはいかない。


「解っている。貴殿の行動を変えさせようと言う訳ではない。だが貴殿への誓いを少しでも果たす為に、私に出来る事をしようと言うだけだ。貴殿の心を軽くする手伝いを、少しでもな」


 俺の心を? 一体何をするつもりだコイツ。

 現状手伝える事が有るとすれば、共に滅ぼしに行く事ぐらいだぞ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る