第1568話、馬鹿にするな

 俺がわざと笑みを見せながら問う姿を見た新女王は―———。


「・・・はぁ」


 心底下らないという顔で、しかも半眼で俺を見下ろしながら溜息を吐いた。


「何だその溜め息は」


 そのせいで俺も思わず笑みを消し、不満を隠さずに再度問う。

 すると彼女はまた溜息を吐いてから、俺に呆れた様な目を向けた。


「貴殿は他に類を見ない基準は持つが、大人びた利口な子だと思っていた。が、案外馬鹿だな」

『んー! んんんんん! んんんんんんんんんんんん!』


 おい、今のは何を言ったのか何となく解ったぞ。同意したな貴様。

 喋ってないのに解るのが物凄く嫌だ。意志だけハッキリ伝わって来るな。

 そこが可愛いんだよとか、態々そんな事を無駄に伝えて来るな。


「どういう意味だ」

「言葉通りだよ。貴殿が魔核を喰らって強くなる存在だとして、何が変わるというんだ。精霊付きである事に変わりはなく、どの道危険な強者である事にも変わりはない。違うか?」

『んんんんんん!』


 精霊を掴み、窓を開けて全力で振りかぶり、力の限り投げ飛ばした。

 一つに戻っていたので、これでようやく静かになる。


「・・・ミク殿、今何をしたんだ?」

「精霊が煩かったので投げ捨てた」

「投げ・・・大丈夫なのか、それは」

「どうせその内戻って来る」


 こんな物は一時しのぎだ。根本的な解決にはなっていない。

 だが一時的にでも心の平穏がある。それが重要だ。

 何より一々会話を中断されなくて済む。


 無視できる範囲なら良いが、今日のは大分イラっとした。


「まあ、今更貴殿に普通の事を説く気は無いが・・・むしろ説く気が起きない相手だからこそ、貴殿が化け物だろうが精霊付きだろうが、私にとってはどちらも変わらない」


 どちらにせよ危険な存在だから、どちらであろうと同じ事か。

 確かにそう言われると納得しかない。判断材料としては比べる意味が無いか。


 何より俺は人間社会に紛れ込んではいるが、個として生きて組織に従属はしない。

 そんな判断を下す存在という時点で、生まれも生態も特に関係が無いんだ。


 ただ強いから。理不尽に強いから。そして力を振るう事に躊躇が無いから。

 だから危険なのであって、化け物だから危険とはまた話が違うと。


「確かに貴殿の生き方は、国を一つ二つ破滅させる生き方だろう。場合によっては二けた以上の国が無くなるだろうな。だが、それがどうした。そんな物、国家間同士でもある事だ。国を興して滅んでまた興して呑まれて、世界はそんな事の繰り返しだろう」


 俺が国を亡ぼす事は、国同士の戦争と同じとみなしている。

 個人では有るが、個人が国と戦えるなら、それは戦争と同じだと。

 ならば国家間の戦争で国が亡ぶなど、歴史上何度も起きていた事だと。


「そもそも私も『水晶』を持つ外れ者の類だぞ。世間からすれば忌避される存在だぞ。たまたま私の一族は操れるだけで、こんな物を持つ英雄なんぞ普通居ない」


 そう言われると、反論は出て来ない。事実忌避する物のはずなのだから。

 あの水晶は命を喰らう。禍々しい力は明らかに何かを汚している。

 だがそれでもこの国の女王は水晶を持ち、民はそんな女王を英雄と崇める。


「そんな立場にある私が、貴殿が人間でない事に驚きはしても、忌避すべき化け物だ等と言えると思うのか。殺すべきだと言えると思うのか。余り馬鹿にしてくれるなよ。そんな理由で貴殿を殺すと言うならば、我々の血筋と誇りが穢れていると告げる様な物だ」


 国を守り続けた先祖を、母を誇りに思うからこそ、俺を見ている。

 作られた化け物か、精霊付きか、そんな物は何の判断基準にもならない。

 俺がどういう思考で、どういう行動を取るか。危険視するのはその一点。


「貴殿が危険人物である事は事実だ。そこを誤魔化す気は一切無い。誤魔化し様がない。貴殿は間違いなく危険人物だ。故に貴殿を敵視する事は理解出来るが、化け物だから排除しようと言うならば、人間社会に迎合できない存在でなければ説得力にも欠ける」

「俺が人間社会に迎合している様に見えるか?」

「勿論従っている様には見えない。だが自ら壊す気も無いだろう。でなければ、母上の為に戦う事などせんだろうし、母上の為に祈りもしない。貴殿は人間だ。間違いなく、人間だよ。せめて無差別に人間を喰らう事でもしない限り、貴殿を排除すべき化け物とは到底呼べん」


 そして俺が反論をしたとしても、彼女は結論を曲げる事は無かった。

 お前が化け物なのは体だけで、中身はどう足掻いても人間でしかないと。

 だから馬鹿と断じた。自分の事が全く解っていない馬鹿が、人の事を馬鹿にするなと。

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