第1559話、戦法の基準

「貴殿は何というか、騒動を起こさないと居られない体質か何かなのか?」


 訓練を暫く続けていた所で、王女が訓練所にやって来た。

 慌てて、という事は無く、割とのんびりした調子で。

 王女よりも周囲の方が随分慌てていたな。


 それに王女は訓練所にやってきた後も、俺の訓練を邪魔する事は無かった。

 ただじっと見つめ、まるで対処方法を探す様に観察されていた様に思う。

 戦闘中の女王と同じ目で。実に気持ち悪くて寒気が走る。


 この一言も、俺が一旦休憩の為に魔力を切ったのを見ての言葉だ。

 声音に非難する様子は無く、むしろ少し愉快そうに見える。


「あの程度で騒動になる城の警備兵の貧弱さが悪い。女王はアレと同じ量の魔力を放っていたんだぞ。外の兵士達ならそこまで恐慌状態にはならんはずだ」


 俺とて訓練中に周囲が騒いでいる事には気が付いていた。

 数人は気絶しており、介抱の為に慌てている事も。

 呼吸が出来なくなった奴が何人か居たっぽいな。


 だが知った事ではない。コイツ等に気を使ってやる理由もない。

 そもそも職業兵士であれば、威圧に耐えるぐらいはしてみせろ。


『あのもじゃもじゃも結構もじゃもじゃだったもんね。だが兄はもじゃもじゃを更に超えるびょいーんとしてるから、もっと凄いんだよ! えっへん!』

「にーちゃ、すごーい!」

『ふふーん! もっと褒めて! もっと兄を褒め称えて! 気持ち良くなっちゃうから! ほらボンガボンも褒めないか! お前は何時もそうやってボーっとして!』

「きゅぅ?」


 何だもじゃもじゃを超えるびょいーんとは。言葉を喋れ言葉を。

 シオも意味の分からないまま褒めるな。調子に乗るだろうが。


 あとヨイチは若干精霊の位置が解っている気配が有るな。

 以前と違って近い所に視線を向け、精霊が話しかけると反応している。

 とはいえ相変わらず言葉は解っていないので、存在が解るだけの様だが。


「言葉も無いな。前線に居る兵士であれば、確かにこうはなるまい」


 王女はシオ達を優しい目で見つめながら、俺の言葉を肯定した。

 頼りない内側の兵士達へ、非難の目を送るでもなく。


「彼らの役目は街や城内の安全の確保だ。万が一の民の避難させる為の人員であり、言ってしまえば肉の壁だ。言い方は悪いが、戦力としては一切期待していない者達だ」


 まあ、そうだろうよ。その辺りは俺にも予想は付いている。

 見ただけで強さが解る目は持っていないが、役目の違いはある事は想像がつく。


「とはいえ、それでも兵士だ。兵士という職業を選んだ者達だ。恐怖に動けなくなるのは問題と言わざるを得ないな。それでは避難誘導すら出来るかどうか。少々訓練を見直すか」


 おそらくこの辺りは、女王なら言い出しはしなかっただろう。

 真面目で国の事を考えている王女だからこそ、自身の手が届かない範囲も考えている。

 本来ならそれは国を支える文官共か、兵役の長い指揮官が提案するべきなんだがな。


 王女の役目は象徴だ。本来はコイツが強くなる為の訓練以外の懸念はかけるべきじゃない。

 とは言ってもコイツの性格上、気にせずにはいられないのだろうがな。

 女王の余裕は纏う様になったようだが、元々の真面目な気質は変わっていないらしい。


「そんな事は、貴様が考えるべきでは無いだろう。文官共のケツを蹴る話だ」

「それはそうではあるんだが、どうしても気になってな」

「クソ真面目が。というか、お前暇なのか。葬儀の準備はどうした」

「それこそ文官と女中の仕事だ。私は葬儀の時に着飾り、母を見送る役目だけだよ。だから貴殿の言う通り暇だ。故に先程まで訓練をしていたのだが、貴殿の訓練見学の方が有益だった」


 有益、ね。コイツ本人だけの話ではなく、水晶の中の存在にとってもだろうな。

 こいつの目と思考は二つある。そこから導き出される答えはどうなるやら。


「そういえばミク殿は、普通の魔術は使わないのか?」

「あん?」

「ほら、母上との戦闘中は特殊な魔術しか使っていなかっただろう。貴殿程の魔力量が有れば、簡単な魔術を放つだけでも牽制になるはずだが」

「ああ・・・女王との戦いでは使っても意味が無いと思っただけだ」

「何故なのか、聞いても良い話か?」

「大した理由じゃない。普通の魔術は遠いと当てられない。狙った所に飛んで行かない」

『妹はノーコンなのです!』


 精霊の言われるとむかつくが事実だ。大雑把に攻撃して良い時以外は効果が無い。

 特に女王の防御の高さを考えれば、直撃させなければ損傷など無いだろう。

 そもそも土の魔術の直撃で防御を抜けないんだ。通常魔術の出力など無意味に近い。


「女王の様に散弾にするにしても威力が足りん。結局無駄な思考と集中を割かれるだけだ。だから使わなかった。その分を、女王を殴れる距離に落とす思考に割いていた。それだけだ」


 もし通常の魔術も女王の魔力弾の様に、途中で曲げられるなら話は違った。

 だが俺にはその手の魔術が無い。放ったら放ったままで当たらない。

 当たらずとも牽制になる側面も否定はしないが、当てられないと気が付かれたらそこまでだ。


 勿論辺境の組合支部長の様に、通常の魔術でも曲げられれば効果は無くは無い。

 ただ俺は今だにアレが使えない。美味く操作できない。一応練習はしているんだがな。

 勿論モルモットの策が失敗していれば、その辺りも試していたとは思う。


 とはいえどの道、威力が足りない点はどうにもならない。

 土の魔術は有用だと思ったんだが、意外な欠点を見つけた気分だ。

 発動を邪魔されない、他の高火力の遠距離技が欲しい。そう都合良くはいかんだろうが。


「・・・あれだけの細やかな制御が出来る貴殿の言葉とは思えんな。そんな事が有るのか。母上も予想していなかったらしいな。警戒が無駄だった事に若干嘆いている」

「はっ、俺にとっては、それを聞けて愉快だぞ。二度とやらん相手だしな」

『兄も二度とやって欲しくないかな! 心臓が幾つあっても足りないからね! まあ兄は精霊だから心臓とか無いけど! いや、有るかな? 有るかも? 取り出してみる? 妹欲しい?』


 要らん。むしろ何で欲しいと思った。

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