第1558話、目的の為に
王女と女王の願いで一日滞在する事になった訳だが、そもそも俺は一日休むつもりだった。
実際は三日目になるのだろうが、俺自身には二日経った感覚は無い。
当たり前だ。ずっと寝ていたんだからな。ある訳が無いだろう。
ただその結果随分と回復しており、体にだるさは感じない。
である以上とっとと出て行くべきだろうが、最初から休むと決めていたんだ。
それは体の調子を確かめる事も予定の中に入っており、何もせずに出るつもりは無かった。
なので適当に調子を確かめるべく、女中に案内されて訓練所へと向かう。
「中々広いな」
兵士の訓練は城内と外の二か所で行われており、城内は城の警備兵の為の物らしい。
狭い空間で戦う事を主軸にしているので、そこまで広い場所は必要無いと説明された。
だが実際には結構広く場所を取っており、恐らくは『外基準の狭い』なのだろう。
何せ外で訓練をしている兵士達は、山から下りて来る魔獣を相手にする兵士達だ。
その想定となれば、あの広い壁の上からの射撃が主になるはずだ。
例え直接援護の為に降りて来るとしても、やはり人海戦術クラスの人数になる。
広い場所での訓練をしておかなければ、いざ実戦になった時に困るだろう。
女王が要れば他は必要無いと思う奴も居るかもしれんが、実際はそんな事は無い。
山から下りてくる魔獣が一体だけなら良いだろう。だが群れで来ることだってある。
シオが何時か相手にした魔獣の群れも、放置すれば辺境に向かっていた。
その場合突出した戦力一人だけでは、全てをカバーする事など出来はしない。
時間を稼ぐ壁が居る。その壁が、人の壁が、この国の兵士達の役目だ。
故に壁側に居る兵士達は、その覚悟を持ってあそこに並ぶのだろう。
まあ、全員では無いだろうがな。特に若い連中は。
『追いかけっこがはかどるね! 皆でやろうか!』
「みーちゃ、おいかけっこする?」
「お前達で勝手にしてろ」
『わーい! 行くぞ、妹の妹よ! ボンガボンもこの兄を捕まえてみろー!』
「わーい! にーちゃ、まてー! ヨイチもいこー!」
「きゅっ!? きゅぅ!」
素直に走り出して行きやがった。まあ煩いのが居なくなって良いが。
ヨイチは精霊の声が聞こえていないので、突然シオに呼ばれて困惑していたが。
全力で走り回る小人と、それを追いかけるシオと、更にそれを追いかけるヨイチ。
ついでに魚はシオの斜め後ろにべったりとくっついている。何だあの光景。
「・・・まあ、ほおっておいて大丈夫か」
馬鹿みたいな速度で走り回っているので、子供が何故訓練所になどとは言われんだろう。
あの動きが出来るガキに絡む勇気のある人間は、無謀か自殺願望か本当の強者だ。
そもそも一番後ろを走るヨイチに圧がある。見方によってはヨイチから逃げているな。
まあシオが振り返ってヨイチを呼んでいるので、誤解される事は無いと思うが。
「さて・・・どんなものか」
取り敢えずは魔力を全開で身体強化を使い、普段通りに魔力が流れる事を確認する。
遠くからざわめきが聞こえるが無視し、更に魔力を爆発させて二段強化も確かめる。
遠くで叫び声が聞こえるがこれも無視し、一旦魔力を全て切った。
「魔力の流れ自体は問題無いな。呪いの魔力を真面に受けた個所の流れも、特にこれと言って不調は無い。ただ少し、ほんの少しだけ、動かすのに違和感が残っている、か?」
魔力自体は問題無い。しっかりと普段通り使えている。
だがやはり回復しきっていない様だ。
特に打ち抜かれた肩に、少しだけ違和感が残っている。
小さな欠片でも中に残っているかのような違和感が。
勿論中には何も無いと思う。可動自体も特に問題は無い。
気にしなければ気にならない。その程度の小さな違和感だ。
だから起き抜けには解らなかった。若干戦闘用に意識を集中した今でなければ。
「この化け物の体が、二日経っても回復しない攻撃か。本当に、あの化け物女め」
呪いの道具ありきではあるが、それでもこの世界の強者には呆れが来る。
どれだけ強くなっても、まだまだ上がいる予感しかしない。
そもそも一番怖いのは『本物の精霊付き』ではあるがな。
今まで出会った精霊付きではなく、精霊を完全に扱える精霊付き。
もしソレと戦闘になれば、今の俺では勝てる可能性は低い。
「メラネアに継戦能力があれば完璧なんだがな」
精霊化したメラネアには、一切勝てる気がしない。
100回やって99回は殺されるだろう。それぐらいの差がある。
勿論本気でアイツに勝とうと思うなら、勝つ方法は幾らでもあるがな。
正面から戦えば勝てないという話で、それはメラネアに継戦能力が無いからだ。
時間制限無しの、本当に強い精霊付きに出会えば、恐らく俺は殺される。
「精霊の力、か・・・もし俺の持つ精霊の力が、小人と同じなのであれば・・・」
それが出来れば世話は無いな。精霊の力は未だ良く解らん。
俺の中に在る事は解るが、それを使えた感覚は未だに無いんだからな。
もし自覚できれば、そして使える様になれば、凄まじい力になるのは間違いない。
「・・・解らん力の使い方よりも、地力を上げる方が先か」
死を感じる戦闘を久々にしたせいか、力への渇望が強くなっているな。
初心を思い出したとでも言うべきか。勿論忘れていたつもりは無かったが。
あの優しい街に居ついてしまって、少々感覚が鈍っていたかもしれんな。
強くなる事は未だに俺の目的だ。誰にも害されない強さを。
我が儘を通し、我が儘に死ぬための強さを。
俺は戦う事が目的じゃない。俺の敵に殺されない事が目的だ。
「なら今やるべきは、やはり切り札の底上げが、一番効果が有るんだろうな」
そう呟く前に、魔力全開に強化してから、限界強化の制御訓練を始める。
周囲で騒ぎの声が大きくなっていたが、やはり無視して訓練を続けた。
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