第1548話、罪人と恩人

「プイプイッ」

「プイプイッ」

『プイプイッ』


 ご機嫌なモルモットとご機嫌なシオとご機嫌な精霊の鳴き声が草原に響く。

 何も無い草原であるが故に、鳴き声が本当に無駄に良く響く。

 ヨイチの件からずっと張りつめていたが、随分と緩い雰囲気に戻ってしまったものだ。


 だがまあ、シオはそれで良いんだろう。コイツは俺とは違う。判断が違う。

 甘いと考える人間も居るだろうし、実際俺もシオの判断は甘いと思う。

 だがそれで良い。コイツは、その甘い考えで何が起きるかを学んだはずだ。


 それでも甘い考えを貫くならば、それは俺の我が儘と同じ事だ。

 俺の判断とて、人によれば甘いと言われるだろう。この国を亡ぼすべきだと。

 それこそ水晶を放置するべきではないと、そう言う奴は絶対に居る。


 その考えを否定するつもりは無い。俺もその方が安全だと思うしな。

 だがそれでも、我が儘を通す。好きに生きる。これが俺の生き方だ。


「・・・良い乗り心地だな」

「はい。お母様も、乗って頂きたかったですね」

「乗っているさ。お母様は、ここにいる」

「そう、ですね。そうですね、お姉様」


 ご機嫌なシオ達の少し後ろを、王女姉妹が付いて来る。

 そして女王の亡骸も。彼女は今娘の腕の中だ。

 片手に水晶を、片手に母を、どちらも大事そうに抱えている。


 ただ妹の方は母を感じられないからか、少し寂しそうではあるが。

 順当に行けば、水晶は姉が使うのだろう。何か不測の事態が起きない限り。

 ならばもう、妹の方が母の声を聴く事は無い。幼い娘には寂しいだろうよ。


 そうして門までモルモットがポテポテと歩き、辿り着くと人の壁が出来ていた。


「陛下!」「女王様!」「姫様!」「王女様!」


 兵士や文官だけではなく、一般市民も多く門の向こうに見える。

 それぞれがそれぞれ、気になっている人物の事を叫んでいた。

 夜中とはいえ、流石にあれだけ派手にやれば人が集まって当然か。


 いや、あの女王の事だ。わざと人を集めさせた可能性が高いな。

 人払いをさせない様に、見たい者には見せるように指示を出していたのかもしれん。

 移動の際に一緒に居なかったから、その辺りの事情は何も解らんが。


「陛下・・・!」「そんな・・・!」「女王様が・・・!」


 だが王女が近づいて来るにつれ、当然ながら腕の中の人物に誰もが気が付く。

 バラバラだった呼びかけが、たった一人の人物へと向いて行く。


 この国にとっては女王は力の象徴だ。国防の象徴だ。その女王が死んだ。

 その事実は大きいだろう。しかも精霊付きに負けてしまったんだ。

 国民であればショックは大きいだろう。だが、それは、何時もの事のはずだ。


 そうだろう、新女王陛下。まだ次代の女王陛下とでも言った方が良いか?


「母上は最後まで立派に戦いになられた! 望むままに戦いになられた! そこに居たのならお前達も見ていただろう! 母上の戦いを! 強さを! 死の淵に瀕しても凛と立つ女王を! 母は病床のまま死すことを良しとせず、最後まで戦って死ぬ事を選んだのだ!」


 王女が、水晶を掲げながら叫ぶ。民衆の言葉に答えずに告げる。

 何を嘆く事が有るのかと。お前達の女王は立派な生き方を通しただろうと。

 弱り切ったその体で、最後まで戦って死んだ。それを誉と思わず何とすると。


「我らが力は精霊付きにすら劣る事が無いと母上が証明された! 残り少ない命を使ってでも、我々に先を示してくれた! 未来が明るいと教えてくれたのだ! 私が、母上の意思を私が受け継ぎ、劣らぬ力として即位する! 民よ、何一つ嘆く事は無い! 暖かく母を見送ってくれ!」


 これは民に向けた言葉ではない。どちらかと言えば兵士や文官に向けた言葉だ。

 城内で騒動が起きた事は、恐らく国民もある程度は解っているだろう。

 当然だ。城で大魔術が放たれたんだからな。何かあると解るに決まっている。


 だがその大魔術に負けないと、、精霊に負けないと、女王が死ぬ前にひと仕事をした。

 何も知らない民衆はそういう風に認識するだろう。ただ希望を胸にするだろう。


 だが文官達は、精霊付きに成す術無くやられた水晶、という認識を改める。

 死の淵に瀕していた女王が、あれだけ俺を圧倒していたんだ。

 それを正当に受け継ぐ長女に対し、多少は認識を改めるだろう。


 少なくとも女王が次女を後継者から外していた事実が、理由を勝手に作り上げるはずだ

 彼女があっさりと負けたのは、受け継ぐに相応しくなかったからなのだと。

 兵士達からすれば言わずもがなだ。力の証明から目を背ける訳にはいかんだろう。


「母の葬儀の日程は追って通達する! だが今日は、今日は悲しまないで欲しい! 母は満足して戦場で倒れて行った! 自分の役目を最後まで果たして、満足そうに逝ったのだ! 悲しむのではなく、どうかその誇りを称えて欲しい! 母が英雄であった事を喜んで欲しい!」


 告げる本人の目に涙がある事に、涙声な事に、誰一人指摘する事は無い。

 最早誰もが静かに、次代の女王陛下の言葉を聞いている。そして。


「母を、母上を、我らが女王を満足に逝かせてくれた精霊付きに、感謝を・・・!」


 まるで俺が女王の我が儘に付き合ったかの様に、民に俺への感謝を作らせた。

 女王を殺した大罪人ではなく、女王の願いを叶えた恩人へと。

 それは心の中の悲しみを殺し、新女王としての役目を粛々と果たす言葉だった。

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