第1545話、壊す意味
「・・・母上」
静かになったどころか、母の気配を感じる水晶を胸に抱く王女。
この中に母が居る。尊敬すべき母が居る。それだけで水晶の価値が変わるだろう。
戦う為に必要なただの道具ではなく、心強い存在が傍に居るように感じるだろうな。
ただ暫くすると王女は顔を上げ、俺に神妙な顔を向けて来た。
「ミク殿、貴殿は水晶を壊す気はないのか?」
「無い。俺にとってそれは所詮道具だ。戦闘中に邪魔だから壊す事は在るかもしれんが、結局の所使い手が居なければただの玉ッコロだ。態々それを壊してやる理由が無い。殺してやる理由が欠片も無い。自ら動く事の出来ない、不満を垂れ流すしか出来ない存在など、ただ下らん」
人によっては、水晶が元凶だと言う者も居るかもしれない。
それはある意味で真実だろう。コレが無ければ事は起こっていない。
だが結局これは、持つ者がいなければ何も出来ない下らん道具だ。
怒りや不満を持つ癖に、その感情を解消する為の努力も出来ない道具だ。
ならば水晶その物に壊してやる価値など無い。相手をしてやる価値が無い。
コイツに、死を与える価値が無い。苛立ちと悔しさを抱えて存在して行けば良い。
その怒りは一生晴れる事は無い。その悔しさは一生晴れる事は無い。
玉ッコロが女王の言う通り、クソ玉である限りな。だから最初から壊す気が無かった。
俺の敵はあくまで、俺に喧嘩を売って来た相手だ。喧嘩を売られたと思う相手だ。
それは小娘であり、王女であり、あのクソ男であり、殺し合いをした女王だ。
今はその全ての方が付いた。ならば俺には戦う理由が何もない。
「まあ、今は事情が違う気がするがな。その玉は、明らかに脅威だ」
だがそれは、つい先程までの事だ。今は随分事情が変わってしまった。
何がどうなったのかはまるで解らんが、あの中には確実に女王が居る。
つまり、あの玉ッコロはただの玉ッコロでなくなった可能性が有る。
勿論持ち主が居なければいけないことに変わりは無いだろう。
だが、中にアイツが居る。あの女王が。それだけでかなりの脅威だ。
奴の経験、戦闘勘、判断力、それを持ち主に使わせない訳が無い。
王女は現状欠片も脅威では無いが、数年後は俺に届きかねない状況になる。
若しくはこの王女の娘が、子供の頃から英才教育でもされるかだな。
勿論、その時まで俺が生きていれば、という問題もあるが。
とはいえそれもどうでも良い。俺には、今の俺にはどうでも良い話だ。
「だが、二度も同じ人間を殺す趣味は無い。そいつと俺の殺し合いはもう終わったし、そんな面倒な奴と二度もやるのは、先程言った通りご免だ。やる理由でもない限りはな」
これが全てだ。おれはもうすっきりしているし、これ以上はただの蛇足だ。
それに例え今から壊すとしても、恐らく女王は抵抗するだろう。
当たり前だ。アイツは今、死んでも我が儘を通しているんだからな。
娘達の力になれるのに、その立場を手放すつもりなど欠片も無いだろう。
となれば俺が水晶を壊す判断をした時点で、奴は俺と戦う事を選択する。
王女が今脅威にならなくとも、中に奴が居ると言う時点で面倒臭い。
最初から水晶を壊すつもりが無かった以上、俺から仕掛ける理由は何も無いんだ。
最初から水晶を壊すつもりなら、それでも敢行したとは思うがな。
「全ては貴様の母親が居たからだ。貴様の母が強かったからだ。だからシオも既に気が晴れているし、俺も貴様らにこれ以上何かを問う気も無い。奴に、敬意をもつからこそ、な」
死ぬ覚悟があるとは口にしても、それがどこまでかなどは解らん。
俺とて最後は無様な姿を晒すかもしれん。覚悟などと言っても人間そんな物だ。
だが奴は、本当に最後の最後まで、奴らしく死んで行った。強く我が儘に。
あの姿に自分を重ねたいと思ったからこそ、俺は奴に最大限の敬意を払う。
俺の我が儘を通したいからこそ、奴の我が儘を聞いてやる。聞く気がある。
「俺は貴様等と敵対はしない。貴様らが敵対して来ない限りな。それが、奴の望みだ」
だから何が在ろうと、水晶を壊す真似はしない。それが俺と奴の我が儘だ。
もし水晶を壊す奴が現れるとすれば、それは俺にとっても気に食わない敵だ。
「わかったな?」
そう告げて、視線を王女から外す。一番壊しそうな相手に。
「壊すと言うなら貴様は俺の敵だ」
『兄は壊さない! うん、壊す訳ないよね! 妹の望みなんだから! 魚、解ったか!?』
『私は最初から何も言っていないわ』
・・・こいつ、調子の良い事を。壊す気満々だったくせに。
魚がまるで興味が無いのは、水晶自体はシオに簡単にやられたからだろうな。
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