第1544話、水晶の価値
「くすんくすん、兄は、兄は妹の気持ちを上げようと思って・・・」
「うんうん、にーちゃはやさしいよねー」
相変らずチラチラ此方を見ながら泣く精霊と、何故か慰めるシオ。
どうしたらあの態度を見て、慰めるという選択肢になるのか。
そもそもお前だって偶に厳しいだろうが。何処に差があるんだ。
「ったく」
下らない事から目を逸らし、放置していた水晶を手に取る。
どうやら勝手に動く事は無いらしいが、俺の意思は通じているのかどうか。
確かめるには・・・まあ、方法は一つしか無いか。
「おい、王女」
「っ、な、なんだろうか」
「受け取れ」
「ちょっ!?」
ポイっと水晶を放り投げると、王女は慌てた様子で両手を伸ばす。
だが王女の手に数センチという所で、まるで吸い付く様に手に収まった。
その瞬間、暴力的な魔力と怒りの意思が、周囲を埋め尽くす。
「っ、な、んだ、これ、は・・・!」
王女は自身の意図しない力の発言に、冷や汗を流しながら耐えている。
おそらくではあるが、この状態を維持するだけで消耗するのだろう。
「はっ、人の手に無いと自己表現も出来ない道具が、随分と御立派な自我を持っているな」
そしてどうやら俺に負けた事も、先の俺の発言も、全てが不愉快だったらしい。
俺に刺す様な殺意と怒りを向けている。水晶自身が俺を殺したいと。
だが所詮貴様は道具だ。貴様単体では何も出来はしない。
何より貴様を扱う為の条件が、無駄に貴様を縛っている。
貴様、女王の血筋にしか扱えないのではなく、女王の血筋を呪っているんだろう。
だから扱えるのは女王の血筋だけで、直接命を奪えるのも同じくなのだろうよ。
どうやって生まれたのか知らないが、随分と限定的な呪いじゃないか。
使い手が耐えたら朽ちて逝くだけだろうに、一体どういう意図で生まれたのやら。
いや、呪いなんて呼ばれる物だ。対象が居なくなれば変質する可能性もあるか?
まあ、その辺りはどうでも良いか。そんな未来の事は、俺には関係無い。
「随分な怒り様だが、俺の言った事が通じていなかったのか。貴様には怒る権利も無い。怒りを露わにするならば、何故十全を果たさなかった。俺に勝つ可能性を何故捨てた。今まで散々命を喰らって来たんだろう。それだけの力をため込んでいるだろう。何故それを使わなかった」
『—————』
「ぐっ・・・うっ・・・あ、頭が・・・! う、うるさ・・・!」
「お姉様! だ、大丈夫ですか!?」
ははっ、水晶からの声は聞こえないが、俺に文句を言っているのだけは何となく解る。
その影響を受けている王女は随分と苦しんでいるが、その程度は耐えて貰うぞ。
女王は耐えていたはずだ。むしろ文句を言い返していたはずだ。
「どんな文句が在ろうと、どんな感情が在ろうと、貴様の意思には何の価値もない。貴様は意思を持つ癖に、それを通さなかったんだ。貴様の怒りは、意思を通した果ての人間だけに許される物だ。そんな判断も出来ん物だと言うなら、感情など持たずに道具に徹しろ。クズ玉が」
『—————』
「ぐう・・・ふぅ・・・!」
「ちょ、ちょっと待って下さい! お姉様が―————」
俺の言葉に反応し続ける水晶に苦しむ姉に、妹の方が俺に向けて声を上げようとした。
「だめ・・・邪魔、しないで・・・!」
「―————お姉様」
だが当の本人がそれを手で制し、首をゆっくりと横に振る。そうだ。それで良い。
そうでなくてはならない。貴様はそれを持つ身なんだ。水晶を持つ女王になるんだろうが。
ならばそんなクソ道具、自分の意思で制御してみせろ。下らん意思に呑まれるな。
「敗北を悔しいと思うなら、使い手を負かす様な道具に成り下がるな。貴様は現状玉ッコロだ。貴様の前の持ち主が言ってた通り、下らんクソ玉だ。怒りを他者にぶつける前に、貴様自身の在り方を見直せ。出来ん限りは、貴様は一生俺に勝てない敗北者のままだ。壊す価値すらない」
俺と女王がいい勝負になったのは、大半が女王の力によるものだ。
貴様が小娘を使った時どうなった。俺どころかシオにも容易く負けただろうが。
ならば貴様は脅威ではない。貴様自身は欠片も脅威ではない。下らん道具だ。
『——————』
「ん?」
すると突然、水晶からの魔力が収まった。余りに突然で、少々怪訝に感じる。
「っ、はは、うえ?」
そして同時に王女に母の声が聞こえたのか、戸惑う様子を見せていた。
だが直ぐに表情を作り直し、真剣な顔を俺に向ける。
「その、母上からの伝言だ。次は負けない。今は無理だけど、次は勝つ、と」
「―————っ、はっ、あの女。本当に、馬鹿げた女だ」
何がどうなったのか知らんが、水晶の中で主導権を握りやがった。
死ぬまで馬鹿げた奴だと思ったが、死んでからも馬鹿げてやがる。
「貴様とやるのは二度とごめんだ」
思わずそう返していたが、無意識に口の端が上がっていた。
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