第1533話、夢と現
「あぁ? 油断じゃねえよ。あーはいはい解った解った。いちいち、うっせえなぁ」
唐突に、本当に唐突に、女王がそんな事を言い出した。
視線はどう見ても水晶に向いており、会話している様にしか見えない。
先程は意思を伝えて来るだけと、そこまではっきりした言葉は無いと言っていたのに。
一体どういう事かと思わず怪訝な顔をしていると、女王は大きな溜息を吐く。
「アタシはこれで20年やってんだよ。天才の母上様と違ってなぁ。解ったら―————」
ただそこで女王は言葉を止め、それどころか動きもぴたりと止まった。
一体なんだ。隙だらけに見えるが誘いなのか。取り合ず殴ってみるか。
「っ!」
「は?」
だが俺が踏み込もうかと力を込めた所で、女王は自分の顔をぶん殴った。
しかも衝撃波が響く程の威力で、思わず俺が間抜けな声を上げてしまう。
「いっつ・・・あー、目が覚めた。悪い、ちょいと寝ぼけてた。口うるせえお袋がよ、アタシの戦い方に良くケチ付けたせいだろうな。お前はもう少し慎重に戦えってよく言われてさぁ」
「母親・・・お前の先代か?」
寝ぼけていたと女王は言うが、流石にあそこまではっきり寝言は言わんだろう。
視線はしっかりと水晶に向いていたし、確実にそこに誰かが居る態度だった。
となれば考えられるのは、水晶に食われた先代に話しかけられたか?
「戦い方のうめー人でなぁ。コイツ無しでも大概の魔獣はぶち殺してたよ。素手でな」
「水晶無しの素手か。化け物の類だな」
「そ、化け物な母親だった。それに憧れて、才能が無かった小娘がアタシだ。コイツが無きゃ山の魔獣とは戦えねぇ。だから母上様にとっちゃ、凡人が無茶している様にしか見えねえのさ」
確かに水晶無しで戦えるなら、それは天才と言って良い部類だろう。
この国で戦う相手となれば、辺境から出てくる魔獣なんだからな。
それ相手に素手で殺し合えるとなれば、下手をすると武王を超える。
アイツも無手である程度出来るだろうが、武器が無いと攻撃力が足りん。
「だが才能の無い奴に、あの一連の攻防が出来るとは思えんがな」
「へっ、止めた奴に言われてもなぁ。アレで仕留められない相手は久々だぜ」
「アレで仕留められなかった奴が他に居るのか」
「お嬢ちゃん、あの山の奥から来たんだろ? なら居なかったか、そんな芸当が出来そうな連中がさ。基本的には叩き潰せるが、たまーにやたら強いのが居るだろ」
「ああ、確かに、居るな。逃げられた事もある」
未だに魔獣だったのか獣だったのかすら解らん熊カモシカとかな。
もう一度出会ったらぶん殴ってやるつもりだったのに、未だに出会えていない。
今ならもう少し無理が出来るので、同じ様な事にはならんと思うんだがな。
「あー・・・すっきりした。言いたい事言って、ちょっとすっきりした。んでもって、バカ娘の泣き声が聞こえて来て、本当にクソほど性質が悪い玉ッコロだと思ったぜ。本当にクソだ」
女王は先程までの勢いが消え、最初の方の静かな雰囲気になっている。
ただ水晶にまた何かされたのか、苛ついた様子でガンガン殴っているが。
発言から察するに、今度は水晶に食われた娘の声でも聞かされたか。
アイツは俺が殺しはしたが、力を行使する為に命を使っていた様だしな。
今考えれば、後から老化が始まり、そこから食われるなんておかしな話だ。
既に食われているんだきっと。手にとって使った時点で、既に食われている。
ただ死なないように水晶が力を与えているから、時が来るまで解らないだけで。
きっと使っている本人達は、その辺りの事は解っているのだろうな。
あの王女も、きっと、全て解って。そう考えると、本当に不憫だなあの王女。
妹に命を狙われて、部下の暴走で国の一大事になって、臣下も従わないとか。
「死んでから謝っても遅いんだよ、バカ娘。ホント、馬鹿だな。もう少しだけ待ってな。もう少ししたら、お母さんがそっち行ってあげるから。お婆ちゃんに、暫く守って貰って頂戴」
そして目の前の女の命は、もう消えかけているんだった。
持久戦になどなりはしない。刻一刻と時間切れは近づいている。
死後の世界を生きたまま見る程に、とっくに限界を超えているんだな。
娘を見て、母親の顔に戻ってしまっている。本当に、業の深い道具だ。
「―—————最後に、お母さんの最高にかっこいい所、よーく見てなぁ!」
夢と正気の境を歩きながら、女王は俺に戦意を向ける。
その目に俺が本当に映っているのか・・・いや、関係は無い。
もうそんな事はどうでも良い。どうでも良いんだ。
「見せてみろ、貴様を」
ただ、殺し合うだけだ。お互いの信念の為に。それだけだ。
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