第1528話、玉ッコロ

 俺と女王の距離はそこそこ開いている。だがこんな距離など何の意味も無い。

 女王は既に臨戦態勢だし、俺も強化は済ませてある。

 俺は一歩で潰せる距離だし、彼女も攻撃の射程範囲だろう。


 小娘の攻撃範囲を考えれば、彼女がアレより狭いとは思えんしな。

 一歩。取り敢えず試してやろうと踏み込み―————。


「らあっ!」

「っぐ!?」


 俺より速く女王が踏み込んで、あろう事か拳で殴りかかって来た。

 遠距離攻撃ではなく、肉弾戦を仕掛けてきやがった。

 躱せない。単に速いだけじゃない。呼吸を呼んだ綺麗な一撃だ。


 咄嗟に腕でガードするも、へし折れるかと思う衝撃と共に吹き飛ばされる。


「りゅあっ!」


 しかも吹き飛ぶ俺について来て、更に追撃を加えて来た。

 地面に叩きつける様な一撃は、だが流石に簡単には喰らってやらんぞ。

 初撃は面食らったが、落ち着いていれば対処出来ない速さじゃない。


 女王の拳に手を添えて―—————。


「ちっ!」


 その瞬間呪いの魔力が俺の腕に絡みつき、俺の腕を止めやがった。腕が動かん。

 女王の笑みが見える。わざと躱せる速さで踏み込みやがったなコイツ。

 躱す動作が思い通りにいかず、だがもう別の手段で躱す暇もない。


 女王の拳が俺の胸に突き刺さる。


「っ!」

「ぶっ!?」


 だが躱せないなら仕方ない。仕方ないので食らいながらぶん殴る。

 殴られながら殴るのは割と簡単だ。攻撃を喰らわない動作を諦めれば良いからな。

 そのシンプルな対処に今度は女王が面喰い、俺の拳が頬に突き刺さった。


 とはいえ浮かんだ状態の手打ちの拳だ。然程の威力は無いだろう。

 女王は顔を跳ね上げ、俺は地面に叩きつけられて二回ほどバウンドして着地。


「普通そこから殴り返して来るかぁ!?」

「殴り返すだろう。それしか出来る事は無かった」

「防御するだろうが普通はよ!」

「知らん。そんな決まりは俺には無い。殴れるタイミングが有るなら、殴られながらでも殴る。接近戦を仕掛けて来たお前が悪い。まあ、一撃目は本当に反応出来なかったが」


 女王は文句を言って来るが、その顔は笑みのままだ。楽しくて仕方ないと言う感じだ。

 バトルジャンキーめ。武王と同じ人間め。全くもって厄介な老人共め。

 相手が強ければ強い程、勝てなければ勝てない程楽しいんだろうな。


 しかし手打ちだったとはいえ、普通の人間なら顎が砕けているはずだ。

 だが女王に損傷らしきものはない。痛かったという様子すらない。

 頬を強く押された、程度の感覚だろうな。


「いやぁ、体が軽いってのは良いなぁ。久々だぜこの感覚。これでこの玉ッコロの声が聞こえてなけりゃあ、最高に気分爽快なんだがよ」

「そいつ、話しかけて来るのか」

「あー、話しかけてくるのとはまた違うかねぇ。ねちっこい意志みたいな物を感じるって言った方が正しいかもしれないか。ネチネチネチネチ文句言われてる様な感覚だね」

「それは気分が悪そうだ」

「全くだよ」


 明確な意思を伝えてくる訳では無いが、何となく解る意思を伝えて来るのか。


「ただまあ、今は早くお嬢ちゃんをぶん殴りたくて仕方ないらしいけどね。このクソ玉ッコロ」

「はっ、一度負けたのを根に持っているのか?」


 俺がそう言い放った瞬間、水晶から怒りの様な魔力が爆発的に放たれた。

 攻撃の為では無い。ただ俺に怒りを伝える。その為だけの行為だ。


「あっはっはっは! お嬢ちゃんに図星刺されてブチ切れてやんの!」

「どうやらその様だ。自分だけでは動けない玉風情が」


 だがそんな物、俺にとってはそよ風だし、女王にとっては笑いの種だ。

 それが余計に怒りを燃やしたのか、水晶から感じる圧力が増し始める。


「くくっ、良い感じに力放って来てるねぇ。さて、二合目行こうか、嬢ちゃん」


 そこで女王は水晶から手を離し、両手を空けた。

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