第1527話、女王と水晶

「・・・来たか」

『お、きたー? 兄は待ちくたびれてキノコ全部食べちゃった』


 遠くから鳴き声が聞こえ、鳥肌が立つのを感じる。

 だが距離が有るのでまだマシだ。この距離なら我慢できる。

 そうして少し待つと門が開き、中から車が出て来た。


 ただ車はそこで止まり、中から人が下りて来る。

 当然出て来るのは女王とシオ達、そして王女も来たらしい。


「うん? 末の娘も来たのか」

『ちっこいの居るねー?』


 最後に妹も降りて来た。母親の最後を見せる為か。


「お母様・・・」


 だが妹の方は未練が有るのか、母親へと手を伸ばす。

 だが女王はその手を取らず、優しく頭を撫でた。

 俺からは尾が見えないが、きっと母親の顔をしている事だろう。


「・・・シオ、おばちゃん、きらいじゃないよ。だから・・・ごめんね」

「ふふっ、シオちゃんが謝る必要なんか何処にも無いのよ。貴女がお姉ちゃんを止められないのと同じで、私も止まる気が無いだけだから。色々丸く収める為には、これが一番なの。シオちゃんだって解ってるでしょ。お姉ちゃんが根は優しい子だって。本当に、不器用な優しさだわ」


 車の中で何か有ったのか、どうやらシオは女王の事を気に入ってしまった様だ。

 まあ仕方ない。そうなる気はしていた。俺も正直に言えば嫌いではない。

 だが駄目だ。もう無駄だ。もう止まれる状況ではない。


 むしろ止まるべきじゃない。止まらない方が良い。これが正解なんだ。

 ただ別に優しさでやった訳ではない。俺が気に食わなかっただけだ。


「力を見せる場所をくれた。精霊付きとやれるっていう、挽回の場をね。なら乗らなきゃ損ってもんでしょう? 国の象徴の権威が落ちたなら、それは戦う事でしか取り返せない」


 水晶は既に王女の手ではなく、女王の手にある。

 静かに月の光に照らされ、宝物にすら見える美しさがある。


「コレは私達の象徴で、国の象徴で、呪いで・・・希望なんだって事をね」


 ―—————その美麗さが、一瞬で塗り替わる。禍々しい魔力によって。


「ぎ—————が—————」


 水晶が魔力を吸い上げる。命を吸い上げる。その呪いの力を使う為に。

 散々利用しただろうと。対価を寄こせとでもいう様に。

 女王の体を隠さんとする程に、全身を禍々しい魔力が多い尽くしていく。


「母上!」

「お母様!」


 二人共覚悟はしていたはずだ。解っていたはずだ。けれど声を出さずにはいられなかった。

 母が呪いの呑まれていく姿が。苦しんで呻く最後が、余りにも―—————。


「っせえ! こちとら最後の晴れ舞台なんだよ! 黙って言う事聞きやがれ玉っコロが!!」

「え?」

「は?」


 ―————水晶を地面に全力で叩きつけ、踏みつける母の姿に呆けた様子を見せた。


「てめえ、いっつもいっつもうるせえんだよ! ネチネチネチネチ、くっだらねえ事を頭ン中に話かけてきやがってよぉ! ちったあ空気が読めえねえのか! ああ!?」

「は、ははうえ・・・?」

「お、おかあ、さま?」


 ゲシゲシとチンピラの様な態度で水晶を足蹴にし、地面に思いきり踏みつける女王。

 娘二人は完全に困惑している。ついでにシオとヨイチも驚いている。


「そもそも解ってんのか今の状況をよ! てめえも舐められてんだぞああ!? まだ十も生きてねえような小娘に、てめえ程度なら殺せるって言われてんだぞクソ玉が!」

「っ—————」


 女王を喰らおうとしていたはずの魔力が、明らかに違う流れに変わった。

 むしろ女王の中に流し込み、命を燃やして力に変えようとさせている。

 弱弱しかった女王の足に肉が、筋肉が見えて来た。ただの身体強化じゃない。


「そうだ、それで良い。大体アタシが寝床でくたばるなんて性に合わねえんだよ。だからてめえだって、アタシを気に入ったんだろうが。最後のひと暴れだ。全力でな。お相手もそれが望みなんだから、出し惜しみ無しで頼むぜ。綺麗に飛び散らさせてくれよ。最後まで楽しくな」


 それを確認した女王は、ガンと一度水晶を踏んでから、蹴り上げて手に取る。

 随分と慣れた動作だ。昔から同じ様な事をやっている動きだ。

 騙されたぞ。随分と上手い母親の面だったじゃないか。


「はっ、それが貴様か、それが貴様の本性か。全く愉快な女だ。我が儘な女だ」

「ああ、そうだよ。これがアタシさ。母親の顔は今は邪魔だからね。本当は娘の前では見せたくなかったんだけど、そうもいかねえだろ。お互いにすっきりする為にはさ」


 この女は結局の所、本当に我が儘な女だ。王女よりも余程に性質が悪い。

 望む物全てを抱えた上で、最後の我が儘まで通して気持ち良く死のうとしてやがる。

 それこそ呪いの悪意を抑えつける程の、強烈な自我と覚悟と決意を持って。


 女王としての最後の晴れ舞台としてだけでなく、ただ自分の我を通す為に。


「アタシが今日死ぬ事は変わらない。なら楽しく終わりたいし、相手も楽しませたいだろ。弱弱しい婆を殴って終りなんて、楽しくないだろう、お嬢ちゃんにはさ」

「はっ、その通りだ。やるなら、やる気のある奴の方が、良い」


 だからこそ、死ぬ覚悟が決まっていた。今だって死ぬ事には変わりない。

 ならば最後まで我が儘を通す。我が儘に死ぬ。本当に、余りに我が儘で清々しい。


「待たせたね、お嬢ちゃん、やろうか。全力で、全力でだ。楽しくやろう」


 ニヤリと歯を見せて笑う女王は、随分と若返った姿になっていた。

 それが貴様の全盛期か。良いだろう、楽しく殴り合って貰おうか。

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