第1522話、娘の為、その意味

「・・・それが、貴女にとって一番気分良く終われる方法なの?」


 俺の出した結論を聞いた女王は、流石に少し困った様子で問いかけて来た。

 そんな手間を取る必要は本来無い。俺が危険な目に遭う必要など欠片も無い。

 むしろ俺の出した結論の実行は、この国にとって利になる可能性すらある。


 万が一にも精霊付き勝てば、この国は盤石の立場を得る事になるだろうからな。

 あの水晶の力は強大だ。本来の使い手ならば俺を殺せる可能性が有る。


「そうだ」

『えー、兄ははんたーい。ばっちいし危ないよー?』


 だが別にそれで良いと、即答で返す。精霊の意見は無視だ。


「俺が貴様の所に来たのは、結局の所喧嘩を売られたからだ。その責任は誰の物かと問いに来たからだ。喧嘩を売った自覚も無いのであれば、その自覚をさせてやろうと思っての事だ」

『責任者を出せー! お賃金を上げろー!』


 この国に来て、自分の都合を押し付けた事柄は殆ど無い。

 あえて言うならば、この国に来た事が俺達の都合か。

 だが入国を断られたならともかく、逆に俺達を迎え入れた。


 この時点で、後は全てそちらの都合だ。そちらの落ち度だ。

 貴様自身の存在は不愉快では無いが、かけられた迷惑の全てが不愉快だ。

 だから八つ当たりに来た。その責任を背負うべき人間にな。それが貴様だった。


「貴様の意図しない状況な事は、俺にも理解出来る。ならば誰に責を問う。王女か。それも違うだろう。勿論責任が無いとは言わんが、それなら国王に問うべきだ。俺達を数度に渡って殺しに来た、その責任をな。だが貴様を殺しても、俺の八つ当たりにはならん。不愉快で終わる」

『ならもう止めれば良いのにー。妹ってば頑固なんだからー』


 貴様を殺す事に何の意味が有る。ただ責任を取れる立場の人間を殺すだけだ。

 全てを理解し、だが自らは動けなかったが故にどうにもならず、部下の暴走の尻拭いだ。

 それはスケープゴートと何が違う。ただの身代わりだ。ただの生贄で酷い犠牲だ。


 俺にそれをやれと言うのか。散々生贄にされていた俺に。ふざけるなよ。


「そもそもこの状況は、貴様の意図する所では無いんだからな」

『そうなの? ならもう止めちゃわない? 兄はおやつを食うと落ち着けると思うの』


 責任者は責任を負う立場だからこそ、下の者の行いの責任を取るのは確かだ。

 だがそれは、下の者が上の人間の意図通りに動いてこそだ。

 裏切りの責任など、問われる筋合いは本来無い。


 勿論でそれで済むなら責任者など要らんのも事実だ。

 それでも誰かが責任を取る必要があるから、責任者は存在する。

 例え部下の暴走であっても、誰かが責任を取る必要があるからな。


 ならどうすれば良い。それですっきりしない俺は、何処に当たれば良い。


「故に、俺が殴り返す八つ当たり相手は、貴様の部下という事になる。貴様の意向を聞かなかった連中だ。アイツ等を殺す。全員殺す。それが正しい八つ当たり先だろう」

『兄はソッチをお勧めしたいなー?』

「そうね・・・貴女からすれば、その方が良いのかもしれないわね」


 責任を負う立場の人間を殺して終わる。それは所詮社会の仕組みに従うやり口だ。

 俺がその在り方に従う理由など無い。気に食わない奴を殴れば良いだけだ。

 ならば誰を殴るべきだ。女王か。王女か。末の妹か。どれも違う。


 喧嘩を売って来た奴だ。それを止めなかった奴だ。止められなかった奴では無い。

 俺が責任者に責を問いに行くのは、実行できる立場にある人間だからだ。

 自身が持つべき責任を理解しているのか、その問に答えられない人間なら殺していた。


 だがコイツは理解している。自分の立場の重さも、果たせる役目も、全て。

 その上で止められなかったのが事実で、止めなかった訳ではない。

 ならば社会の規則に従ってコイツを殺す必要など、俺には何一つ無いんだ。


「だが貴様は、きっとそれをさせん。貴様は女王だからな。何処までも、我が儘な」

『我が儘なら負けないぞー!』

「あら、ふふっ、そんなに評価して貰えるなんて、嬉しいわ」


 だからきっと、コイツは最後の最後に足掻く。出来る限りの事をする。

 あの小娘の時の様に、水晶の支配権を奪ってでも命を燃やす。

 国を守る為に。娘の住む場所を守る為に。どこまでも娘の為にな。


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