第1523話、選んだのは
女王は今は戦わずに、守りたい物を守る為に命を捨てようとしているかもしれない。
だがそれは『俺が約束を守る相手だ』と認識しているからだ。
もし俺が対話の余地もない相手なら、コイツは既に水晶を手に取っている。
そういう人間だ。最後まで戦いを諦めない人間だ。それだけは、良く解る。
こいつの信念は折れない。こんな鳥の足の様な体になってすら、女王なんだからな。
自分の一番の願いを通す為には、死すらも厭わず我が儘を通す。そんな奴だ。
大人しく、潔く、最後を受け入れている様に見えるが、その実そんな事は無い。
自分の出来る事をギリギリまで考え、一番有効的な使い方を考えているだけだ。
「最後まで泥臭く、自分の願いが叶う様に足掻く。成程貴様の背中を見て育った訳だ。娘の育て方を間違えた様な事を言っていたが、長女は未熟ではあるが、貴様と良く似ている」
「そうねぇ。でもあんまり似なくて良いんだけど。もっと楽しく生きて欲しいのよね。どうせ私達は短い命なのだから、少し位我が儘を言っても罪にはならないと思わない?」
「え、いや、あの・・・」
『我が儘の仕方、教えてあげよっか? まずこう転がって・・・嫌だい嫌だい! 兄は妹が危ない事するの嫌だーい! ほら、りぴーとあふたみー!』
俺と女王の視線を受け、王女は返答に困る様子を見せている。
だがそれは、この娘が責任を理解しているからだ。今は迂闊な事は言えないと。
俺への対応が迂闊だったとしても、それでこいつは王女をしていた。
この娘の失敗は、相手が俺であり、常識が通用する相手ではなかった事だ。
だが俺を認識して以降の行動は、全てが失敗とは言い難い。
俺の嫌いじゃない、泥臭い足掻きだった。ギリギリまで諦めない娘だった。
「ならば俺の八つ当たり相手は貴様の部下だ。貴様ら親子では無い。だが連中を殺せば、貴様の娘の居場所は無くなる。それは貴様の望む所では無いだろう」
「ええ、そうね。だから出来れば、私の首で済ませて欲しいのだけど」
この国はあの水晶が女王のシンボルであり、国防のシンボルでもあるのだろう。
故に民を守れなかった王女の居場所が、後々も残るかどうかは随分怪しい。
そもそも連中は平時に役に立っているからこそ、国としての形がここにある。
王女一人ではどうにもならんだろう。力だけが有っても国は支えられない。
『むーん、兄は一体どうすれば妹が言う事を聞いてくれるのか思案中です。ねえ妹の妹、どうしたら良いと思うー?』
「う? うー・・・いまのみーちゃ、とめるの、むりじゃない、かなぁ」
精霊はどうにも俺を止めたい様だが、誰が何と言おうと止まりはせんぞ。
俺に喧嘩を売って来た。その事実をなあなあで済ませる気は無い。
報いは受けて貰う。コイツの事が嫌いでなくとも、殺されかけたのは事実なんだ。
なら俺は、俺の筋を通す。殺し合いを仕掛けてきた相手に、相応の対応は絶対にする。
「それじゃあ行きましょうか。本気でって言うなら、流石にここじゃ無理よ?」
「だろうな。それは俺も本位じゃない。外の草原で良いか?」
『妹がやる気満々すぎる! もう、兄知らないもんね! 知らないからね!? ほんとだよ!? ねえいいの!? 兄知らないって言ってるんだよ!? ねえねえ、きいてる? きいて?』
煩い。聞いてない。女王が先導する様に歩き出すと、王女が慌てて横につく。
恐らく何時もの様に補助しようとして、けれど女王は手を取らなかった。
代わりに頭を優しく撫で、自分の足で歩いて行く。
「大丈夫よ。そのお嬢さんのおかげで、少しはね。それに草原まで歩いて行く訳じゃないから、車を用意して貰わなきゃいけないわね。お嬢さん達も一緒に乗るでしょ?」
「俺がお前を抱えて飛んで行けばすぐだぞ」
『兄も良く投げ飛ばされてるけど楽しいよ?』
「ふふっ、それも楽しそうだけど、最後に街並みを見て行きたいの。ここ数年全く見れていないから、老人の最後の願いだと思って。ね?」
若い頃であれば美人だったのだろう。いや、今でも不細工では無い。
過去の面影がある顔で、可愛らしいポーズで頼んで来る女王。
こういう所は娘と全く違うな。
「好きにしろ。エセ老婆」
「ありがとう。うふふっ」
了承を得た女王はスタスタと廊下を歩き、歩ける事が随分と嬉しそうだ。
そうして外に出ると、先程の女中達が並んで待っていた。
「へ、陛下! あ、歩けるのですか!? あ、歩いて、大丈夫なのですか!?」
「ええ、少しの間だけね」
その中で、兵士に取り押さえられていた女中が、女王に駆け寄って来た。
それは本当に心配そうな、心から女王の事を案じた顔で。
「と、という事は、精霊付きとの事は、穏便に済ませられたという事でございますか・・・」
「・・・ううん。それは無理よ。何回も言ったでしょ。私が死ぬのが一番早いのよって。ただ少し死に方が変わったから、ちょっと外に出て来るわね。少し、戦って来るわ」
女中が希望を抱いて問うた言葉に、女王が申し訳無そうに答える。
すると女中の顔が青くなり、その場に膝をついて手で顔を覆ってしまった。
「そ、そんな、陛下は、陛下はもう既に必死に戦った後ではございませんか! 何故陛下が殺されなければならないのです! 陛下は、陛下は、我々の為に、国の為に、民の為に命を既に捧げて来たのです! その最後を、何故、平穏に終わる事も、許されないのですか・・・!」
・・・ああ、そうか。そういう事か。あの女中が反対をしていたのは。
表の文官共とは違い、この女中は本気で国王を想っていたのだろう。
むしろそれ以外が無かった。だから余計に厄介だったんだろうな。
「うん、ありがとう。貴女の気持ちは嬉しいわ。けどね、誰かが責任を取らないと。なら私が一番適役でしょ。その為に戦う事を選んだんだもの。最後を戦場で終えられるなら本望だわ」
「陛下・・・お嬢様、どうして・・・!」
「ふふっ、懐かしいわねその呼び方。じゃあ私も、叔母さまって呼ぼうかしら。ねえ、叔母様は水晶から逃げた事に責任を感じていたけど、別に気にしなくて良いのよ。お母さまはじゃじゃ馬だったし、娘の私も同じだったもの。戦う事を選んだだけで、命を捨てたつもりは無いのよ?」
叔母。ああ、叔母。成程。アレも一応王族だった訳か。
水晶から逃げた。つまり水晶に命を食われていない王族だと。
王女が限界まで強く出れなかったのは、その辺りの関係性が要因か。
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