第1520話、通したい我が儘は
「随分割り切っているな。娘を殺された恨み言は本当に無いのか」
『キリキリマーイ?』
とはいえ、だ。たとえこの女が王であろうと、そこまで本当に割り切れる物だろうか。
娘の為だとはっきり言ったからこそ、余計にその点が気になった。
「娘を二人亡くしていたか、娘を一人亡くしていたか。結局はそのどちらかになったと思うわ。なら私は貴女が娘二人を守ってくれた。そう思う事にしたの。事実、貴女が居なければこの子は死んでいたって聞いたもの。だから、やっぱりお礼を言うべきじゃないかしら」
本気でそう思っているのだろうか、彼女の笑みには一切の陰りが無い。
彼女の願いが娘を守る事なのであれば、俺の行動を許せるとは思えんのだが。
たとえそれが我が儘で理不尽な願いでも、それは本人にとって一番大事な願いだろう。
「それにね、娘達の事に関しては、一番悪いのは私だもの。元々私が親として不甲斐ないから、娘達が争う事になったと思うの。私がしっかりしていれば良かっただけの話だわ」
「そ、それは、母上、それは違います。母上は—————」
娘達が争うのは、争っていたのは、自分の親としての資質の問題。
そう告げる女王に対し、王女は否定をしようとした。
だが王女の口を、皺だらけの手がそっと塞ぐ。
「ありがとう。貴女が私を慕ってくれるのも、想ってくれるのも嬉しいわ。けどね、これはどうしようもない事実なの。この責任は人に預けちゃいけないわ。私は親だから。せめて親として、親の責任は果たしたいのよ。適当な人間だけど、母親な事だけには嘘をつきたくないのよ」
「―————はは、うえ」
ああ、そうか。成程そうか。コイツにとっては、何処までも娘が一番なのか。
王である責任を背負い、だが一番に背負いたいのはやはり娘達。
だからこそ自分の罪から目を逸らすつもりが無いんだ。
親だから。親としての責務を全うしたいんだ。それがどんな形であろうとも。
「我が儘な人間だな、お前」
『お、妹と一緒ー?』
思わず、そんな言葉が漏れた。コイツは我が儘だ。信念を通す我が儘な女だ。
「ふふっ、あら、ばれちゃった? そう、私は我が儘なの。やりたい事だけをやって。自分が好きな事だけやって、やるだけやってやりっぱなしなの。だから娘達も、ちゃんと育て切れない、無責任で情けない親なの。なのに親でありたいから、貴女に我が儘を言っているわ」
だがそんな俺の言葉を聞いた彼女は、クスクスと楽しげに笑う。
まるで俺との会話が楽しくて仕方ないと、旧友にでも会ったかの様に。
どうなればここまで、死の淵まで穏やかに、明るく居られるのか。
俺には解らない。俺には出来ない。覚悟だけでは、こんなにも穏やかにはなれない。
「だから、お礼を言いたいのも本当なのよ。次女を止めてくれたのも、娘達の命を救ってくれた事も。勿論貴女にそんなつもりは無いと思うけど、それでも感謝を伝えたいの。私が不甲斐ないせいで、全員死んでいたかもしれないんだもの。ありがとう、お嬢さん」
あまつさえ、娘を殺した相手に本気で礼を言うなど。
形はどうあれ、客観的にはどうあれ、俺はコイツの娘を殺した。
確かに事実だけを見れば、悪いのはコイツで娘だろう。
とはいえ娘を本気で思えばこそ、普通なら感情的に非難したいはずだ。
だがコイツはそれをしない。やりたくない。親として逃げたくないんだ。
親としてコイツが普段どう振舞っていたかは知らん。
本人の認識は、親としては駄目だったのだろう。責任を果たせていなかったのだろう。
それでも、親なことは譲りたくないと、娘達の親であると言い張っている。
傲慢で我が儘だ。果たせない責務を抱えたいと言い張る我が儘だ。
「必要無い。俺は俺に喧嘩を売って来た奴を殺しただけだ。それ以上でもそれ以下でもない」
『兄は妹を守るだけだ。それ以上でも以下でもない!』
だが俺が女王を案じてやる理由も無ければ、礼を受ける謂れも無い。
俺は俺のやりたい事をやっただけだ。彼女が先程言ったようにな。
そして俺達の関係は、喧嘩を売られた者と、売った者である事に変わりない。
「そう。ふふっ、娘が色々驚かせるから少し怖かったんだけど、優しい子なのね貴女。こんな死にかけの女だったから、甘い考えを持ってしまったかしら。ならとても嬉しいのだけど」
だが俺の突き放す言葉を聞いても、彼女は態度を崩さなかった。
まるで俺の思考を見透かしたかの様に、あえて俺が何もかもを無視したと解った様に。
そして返って来た言葉は、私に容赦などする必要は無い、と言っているに等しかった。
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