第1519話、死にかけの女王

「・・・こちらの事情は、把握して頂けたかしら」


 俺の視線が水晶に向いていた所で、綺麗な女の声が耳に届いた。

 聞き覚えの無いその声は、当然ながら横たわる女王の物だろう。

 ベッドへと視線を戻すと、もそもそと動く彼女の姿が目に入った。


「母上、起きていらしたのですね」

「外が騒がしいんだもの。アレで起きない方がおかしいわ。ごめんなさい、少し手伝ってくれるかしら。最近は体を起こすのにも、手伝って貰わないと中々時間がかかってしまうの」

「はい」


 女王は見た目の通り体に力が入らないのか、ただ体を起こすだけの事すらままならない。

 娘に手伝って貰って、ようやく座った体勢になる事が出来た。

 これは確かに、本人の足で抜け出すどころか、普通に歩けるかも怪しいな。


「ごめんなさいね、お嬢さん。あと10日ほど早い出会いだったら、何とか抜け出せたと思うんだけど、ここ数日で一気に体が弱ってしまって・・・おそらく、もう限界なんでしょうね」


 ニコリと笑う老婆の顔の皺は、普段から笑顔が多いのだろう事が伺える。

 とても優しい笑みだ。穏やかで、聞いているこちらが落ち着く声音だ。

 目の前の人間が女王だと認識していなければ、ただの気の良い老婆に見えるな。


「ふふっ、こうなるともう、水晶の気配に笑ってしまうわね。早く私を食べたくて仕方ないって感じだわ。そんなに慌てなくても、どうせもうすぐだって解っているでしょうに」

「母上・・・」


 自分の死が近い。その事を感覚的に察する事が出来るのだろう。

 もしくは水晶から奪われる命が、彼女本人には見えているのかもしれない。

 そんな母親の穏やかな笑みを見て、娘は逆に泣きそうな顔になっている。


「ああ、ごめんね。そんな顔しないで。でも、貴女も解っていたでしょう。お婆様が亡くなる所を見て、それでも貴女は水晶を掴んだのだから。これが私の最後で、何時かの貴女の未来。こんな重い物を背負わせて、申し訳ないとは思うけどね」

「・・・全て、承知の上です。母上が守りたかったものを、私が、守りますので。いえ、守りたかったのですが・・・本当に、申し訳ございません。私が未熟なばかりに、こんな事に」


 お婆様。恐らく王女の祖母で、女王の母の事だろう。

 先々代の水晶の持ち主、と言った所か。

 代々短命な女王。国を守る力の象徴。成程周囲の人間が必要な訳だ。


 老齢に至る引退した元国王や、国王であり続けられる健康な国王が存在しない。

 水晶を持たない者を女王にすれば解決する気もするが、それも出来んのだろう。

 きっとこの国では、最早あれは女王の象徴で、持たざる者は王と認められない。


 例外が元所持者であり、そして王が死ねば次の所持者が王となる、か。

 よくこの状況を知っていて、あの小娘は水晶を求めたものだ。

 たとえ最後がこうなるとしても、それでも力が欲しかったのだろうか。


 ・・・あの小娘の場合、他の姉妹への対抗心や、劣等感もあった気がするな。


「ふふっ、真面目ね・・・私は、娘達さえ守れたらって思ってただけなのよね。別に他の人の事とかあーんまり気にしてなかったし、貴女みたいに真面目な考えは持てなかったわよ?」

「それは嘘です」

「あら、本当なのに。ふふっ。今回の事だって、別に貴女一人の責任ではないでしょう。貴女は出来る限りの事をやろうとした。それに一度の失敗で全てを責める人間は、自身も失敗が許されるべきでは無いわ。少なくとも私は、そんな完璧な人間ではないつもりよ。適当だもの」

「女王の言葉とは、思えませんね」

「それはそうよ。元々私には、王なんて向いてないわ」


 何処まで本気で言っているのか、女王は柔らかい雰囲気で語る。

 娘の事以外どうでも良かったのだと。守りたかったのはそれだけだったと。

 そう言った所で彼女は俺に目を向け、変わらず穏やかな笑みを向けて来る。


「だからね、精霊付きのお嬢さん。娘達の失態は、出来れば私の首一つで許して貰えると嬉しいのだけど。ああ、次女の件はむしろ貴女にお礼を言うべきだと思っているわ。あの子はきっと、水晶に呑まれてしまったのね。あの子を止めてくれてありがとう」


 だからそんな穏やかに笑う女にしては、随分と現実的な割り切った言葉に少し驚いた。

 恨みの言葉どころか、礼を言うなど。俺はお前の守りたかった娘を殺したというのに。


「死にかけの老人みたいな女を一人殺しても、貴女は納得できないかもしれないわね。けど頭を下げるにも、貴女に待って貰う時間が必要になる体だもの。なら時間をかけた無様な謝罪なんて自己満足以外の何でもないわ。勿論貴女が望むなら、その限りでは無いのだけど」


 そして余りにもあっさりと、謝罪に意味が無いだろうと口にした。

 所詮は自己満足と周囲へのポーズ。俺への謝罪にはならない。

 それならば素直に八つ当たりに的になった方が、余程意味が有ると言っているんだ。


「駄目かしら。一応これでも女王だから、首にそれなりの価値は有ると思うのだけど。ふふっ」


 ・・・ああ、コイツは女王なんだな。死にかけでも、動けなくても、王なのか。

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