第1518話、母親
「さて、茶番は終わったな。じゃあ行くぞ」
『お茶!? お茶何処!? お菓子は有る!?』
思わず一番近くの奴を殴ってしまったが、特に殴りたい訳でも無い。
勿論挑んで来るなら相手になるが、そうでないなら見逃がしてやる。
少なくとも今はな。今は王女の足掻きに免じると宣言してしまったからな。
「茶番・・・いや、貴殿にとっては茶番の様な物か」
俺の言い分に王女は溜め息を吐き、気を取り直した様子で家臣達に目を向ける。
「彼の治療は任せた。私は彼女を陛下の所まで案内する。お前達は中の者達へ急いで通達する様に。誰にも、彼女の道を塞がぬようにとな。逆らうならば命の保証はない」
王女は静かに指示を出し、兵士や文官、女中達が屋敷の中へと入っていく。
大きな屋敷だからな。中で仕事をしている人間も居るのだろう。
時間帯を考えれば寝ている奴も居るかもな。
「こっちだ。付いて来てくれ」
王女は俺達を先導して屋敷に入り、少々入り組んだ風に感じる廊下を進む。
敵の侵入に備えた作りだろうか。それとも別の意味でもあるのだろうか。
「ここだ」
だが大きな屋敷とはいえ、単独で一つ断っているだけの屋敷だ。
そこまで長く歩く事も無く、他より少々大きな扉の前で足を止めた。
この先に国王が居るのだろうか。人の気配が複数あるが、これは先程の女中か文官か。
「陛下、失礼致します」
王女はノックなどの行動をとる事なく、扉を開いて中へと入っていく。
当然斜め後ろに居る俺の視界に、部屋の中の情報が入って来た。
調度品の類などは余り無い。国王の部屋にしては随分とシンプルだな。
ただベッドだけは大きく、そこに転がっている人物が居る。それが国王か。
「姫様・・・」
「なっ、姫様、礼儀がなっておりませぬぞ」
「それにこの様な時間に客人を連れてくるなど、非常識にも程があります」
他に先程中に入って行った女中と、恐らく元から此処に居たのであろう女中も居る。
前者は少々困っており、後者は恐らく王女の警告に従う気が無いのだろう。
全員老人で、やはり表の中年共と同じ思考なのだろうな。
後は兵士も数人いるが、こちらは全員外に居た連中だな。多分。
ベッドに国王が転がっているからか声は荒げないが、随分と咎める様子が見えた。
「精霊付き殿が陛下にお会いに来た。外して貰おうか」
「姫様、陛下はお休みの時間で御座います。陛下が無理を出来ない体である事は、ご息女である貴女様が良くお解りでしょう。火急の事態やもしれませぬが、それは―————」
「問答の時間はもう過ぎた。兵士達、彼女達を外へ。無理やりにでも出せ。そして外の惨状を見せてやると良い。自身が命拾いした事を教えてやれ」
「「「「「はっ」」」」」
「―————な、何を!? ぶ、無礼な! 私を誰だと思って―————」
兵士達は女中達を抱え、強制的に外へと連れて行く。
女中は文句を言って暴れていたが、鍛えていない老人に兵士が負ける訳がない。
外の惨状を見れば多少は落ち着くか、余計に騒ぎ出すか、どちらか解らんがな。
「お騒がせした。このお方が、我らが陛下。そして・・・私の母だ」
「母・・・?」
この国の王が女王である事は、何となく察しがついてはいた。
水晶を使えるのが女系らしき事を言っていた気がするしな。
そして水晶を持つ者が権力を得るという事は、女王が上に立つという事だろう。
だが、王女が陛下だと告げた、大きなベッドに横たわる人間はどう見ても。
「随分と、老齢になって頑張ったのだな、お前の母は」
『しわくちゃー』
顔色の悪そうな老婆の姿がそこにはあった。
顔も、手も、皺だらけだ。手に限って言えば皮と骨という感じだ。
肉が全く無い訳では無いが、けして健康的な姿では無いだろう。
この娘や妹の年齢を考えると、随分と高齢になってから生んだんだな。
「・・・母は、この姿ではあるが・・・これでもまだ40にもなってない」
「何・・・!?」
『な、なんだってー!? とりあえず驚いたけど、兄には良く解んない。若いのー?』
どう見てもそんな年齢には見えんぞ。もう限界まで生きた人間の姿にしか見えん。
病気で痩せ細ったとしても、この様な老婆の顔にはならんだろう。
「この水晶を使う代償だ。30を超えた辺りから一気に老けていくんだ。そしてその状態で水晶の力を使えば、命を一瞬で食いつくされる。代わりに強大な力を一瞬だけ振るえるらしいがな。水晶もそちらの方が良いのか、傍で使えば母の命を優先して食らう。だから使えなかった」
そういう事か。この王女が強硬策に出られん訳だ。
万が一にでもそんな事をしていれば、この屋敷は吹き飛んでいたんだろう。
国王の命を喰らって、無意味に高威力な呪いの魔力をまき散らして。
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