第1516話、厳しさの中の優しさ

「余りにも腹が立つな。本来ならここまで腹を立てる事でもないと言うのに・・・」


 今殴り殺した兵士に関しては、今までだってよく居た連中だ。

 サーラに会った時にだって居た。アイツとの初対面時の使用人達も同じだ。

 自分達は部外者のつもりで、忠臣面した老人共がお涙頂戴をやりやがった。


 この男もそれと変わらん。腹は立つが、ここまで心底怒る相手でも無い。

 いかんな。あのゴミクズの怒りを引きずっている。

 少し落ち着け。気に食わない相手ではあったが、余り感情的になり過ぎるな。


『へいへいーい、妹よ、兄の踊りを見て心を落ち着けるのだー! 今兄輝いているぞー!』

「・・・」


 そして腹立たしい事に、俺の目の前に回って光りながら踊る精霊を身て気が抜けた。

 夜闇を照らす為の火の明かりが、精霊が纏う羽根に反射して目が痛い。

 後なんだそれは。ベリーダンスか。お前がベリーダンス踊って誰が得するんだ。


 短いヒラヒラのスカートに何でふんどしなんだ。本当にお前は何なんだ。


「みーちゃ、すっきりしないのにおこっても、たのしくないよ。あいて、しなくてもいいなら、あいてにしないで、いこう?」

「きゅっ、ミクねーちゃ、おなか、すいてる? ほしにく、たべる?」


 シオは兎も角、俺はヨイチの様に腹ペコじゃない。空腹で機嫌が悪い訳じゃない。

 その干し肉は仕舞え。良いから仕舞え。美味しいのに、みたいな顔をするな。


 だがまあ、シオの言う通りだな。相手にする必要の無い相手は無視で良い。

 怒りをぶつけるべき相手に、すっきりする様にぶつける為に俺はここに来た。

 殴っても怒りが晴れないのであれば、そもそも殴りかかる意味が無い。


 勿論すっきりせずとも殴る必要のある相手も居る。殴らないと理解しない奴も居る。

 だが今の男を殴る必要があったかと言えば、恐らく必要では無かったな。

 とはいえ腹は立ったし、結局最終的には殺していた気もするが。


 うん、平時でも少し腹は立ったな。やはり殺していたな。結論は変わらんか。

 少し落ち着いて来た。やはり頭を回すのは大事だな。少々感情的になり過ぎていた。


「シオ、ヨイチ、感謝するぞ。少し落ち着いた」

「うっ、まかせて。シオ、いもうとだからね」

「きゅっ、ヨイチ、おとうと、だから」

『兄は!? 兄だって兄らしく兄の仕事をしたよ!? 妹がちょっとご機嫌ナナメイヤイヤボカンだったの解って、ご機嫌を取ろうとしてたよ!? 兄も、兄も感謝して! 兄もー!』


 煩い。良いから俺の目の前に来るな。足元をチョロチョロするな。増えるな!


『これだから兄ってやつは過酷だぜ』『ふっ、何時の時代も兄はそういう物さ』『妹の為に兄は犠牲になる。だがそれで良い』『いや、それが良い』『そう、兄は妹の為に有る!』『それはそうとやっぱり妹に『おにーちゃんありがとう、大好き♡』って言われたくない?』

『『『『『言われたい!』』』』』


 ああもう煩い! 完全に先程までの空気が吹き飛んだだろうが。コイツ等は全く。

 絶対に言わんぞ。そんな事言う気は無いぞ。言ってまで欲しい情報も無いからな。


「はぁ・・・おい、王女。行く先は此処で良いんだな」

『良いのかー!?』『良いんだなー!?』『良いのかー!』『良い時ー!』

『『『『『『『『『『『良いぞー!』』』』』』』』』』


 煩い。そろそろ一つに戻れ。さっきより増えるな。ノリだけで喋りやがって。


「え、あ、ああ。そうだ。この先に陛下が居る」


 王女は若干呆けた顔をしていたが、直ぐに俺の問いに答えて俺の傍に駆け寄って来る。


「・・・ミク殿、貴殿は、心根は優しいのだな」

『そう、妹は優しいんだよー? ちょっと短気なだけで』

「何を見当違いの事を言っている。心根の優しい奴が、問答無用で人を殺す物か」

「そうだな。その部分に関しては否定しない。だが貴殿は、人の心の機微が解る人間だ。厳しい言葉が多いし、過激でどうかとは思うが、そこに優しさも含まれている。少なくとも私は・・・先程の貴殿の言葉で救われてしまった。本当は、いけない事だと思うがな」


 王女は複雑な笑みを俺に見せ、それから屋敷へと顔を向ける。

 救われたか。そう思うのは勝手だが、俺は俺の感情を吐露したに過ぎない。

 それでも王女がそう思うのであれば、別に否定する必要もないだろう。


「姫様! 何故精霊付きを止めないのですか! 貴女なら、貴女であれば止められるでしょう! その水晶の力を持つ貴女であれば!」


 この段に来てもまだ諦めの悪いのが居たのか、王女に対してそう叫ぶ者が居た。

 だが、王女はその言葉に、目を見開いて怒りの形相となる。


「―—————貴様、今何といった。陛下の為にとのたまっておきながら、私に水晶の力を使えと言ったか。ここではそれが出来ないが故に、貴殿等に協力を仰いだのだ。水晶が使えなければ、力押しで陛下を連れて行く事も出来ない。だから、頼んだのだろうが・・・!」

「っ、そ、それは・・・!」


 まさか王女から怒りを向けられると思っていなかったのか、叫んだものが怯む。

 女中の様だが、位の高い物なのだろうか。本当に、誰も彼もが非協力的だったんだな。

 そして王女の言い方から察するに、水晶を使えば国王の体調に影響が出るのか?


 何故力づくで連れて来なかったのかと思ったが、段々状況が見えて来たな。

 屋敷に中に居る国王は・・・もしかすると自力で歩く事も出来ないのではないか。

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