第1515話、他人事

「ひ、ひいいいいいい!」

「は、ひあ・・・あ・・・!」

「・・・はえ?」


 男の頭が弾けた様子を見た者達だが、誰一俺に向かって来なかった。

 腰が抜けている者や、気を失う者、目の前の現実を認識が遅い者。

 反応は様々ではあるが、少なくとも俺を止めようと動く者はいない。


 人の頭が弾ける様子を始めて見たのだろう。

 ほんの数舜前まで生きてた人間が、あっさり死ぬ光景に面食らったのだろう。

 とはいえ兵士まで同じ様に動けていなのは、流石にどうかと思うがな。


 一応武器を構えてはいるが、腰は引けているし踏み込む様子も無い。

 まあ、コイツ等を守る為に奥に居た兵士であり、あの惨状を見た兵士では無いのだろう。

 俺達と小娘の、あの殺し合いを見た人間ならば、この光景は予測できたはずだ。


 だが誰一人俺の行動を予測できなかった。王女が真剣に警告したにも拘わらずに。


「ひ、姫様、か、彼女を、精霊付きを説得したのではないのですか!?」


 腰を抜かしながらも正気を保っている者の一人が、声を裏がしながら王女に問う。

 この状況になっても疑問がそれかと、王女ではなく俺が溜め息を吐いてしまった。

 だが王女はそんな家臣に対し、静かに、とても静かに告げる。


「誰がそんな事を言った。私は言ったはずだぞ。彼女は陛下に会いに来た。通せと。その邪魔をする者は誰であろうが命は無い。下がっていろと言ったはずだ」

「そ、そんな・・・!」


 俺の蛮行を咎める所か、殆ど肯定に近い言葉を発する王女。

 そこでようやく状況の不味さを理解したのか、居並ぶ者達の顔色が悪くなる。

 当然一番顔色が悪いのは、俺に立ち塞がらねばならない兵士達だ。


「へ、陛下をどうするつもりだ!」


 だがそれでも流石は兵士と言うべきか、この中の指揮官らしきものが俺に問う。


「今は、そうだな・・・一応殺すつもりだ」

『今日の妹は容赦が無いぞー!』

「な——————」


 俺の返答に兵士は驚き目を剥くが、当然の返答だと思うがな。

 三度目だぞ。1,2回目はシオとの約束があったから見逃してやった。

 だが三度目は俺にも手を出したから、当事者として動いているだけだ。


 本来なら一度目の時点で乗り込んでいる。既に随分と容赦している。

 だというのにこの状況になったのは、貴様ら兵士の危機感の無さも原因だ。

 貴様らはこの連中を抑えるべきだった。王女の命に従って動くべきだったんだ。


 兵士であるなら、戦い守る物であるなら、戦力の把握はするべきだった。

 少なくとも指揮官の立場にある人間は、絶対にやらねばいけない事だったはずだ。


「姫様! 貴女は彼女の目的を知っていたのですか!?」

「ああ、知っている」


 王女の答えはとても静かだった。感情をなるべく殺した様な声音だった。

 出来ればそうあって欲しくないと、そんな感情が俺には見える。

 だが指揮官は理解出来ないと言う顔を見せ、次の瞬間には怒りの顔になった。


「ならば何故ここまで精霊付きを連れて来たのですか! 貴女は陛下を殺すおつもりですか!」

「そん―————」

「何故、何故だと? ふざけるなよ貴様・・・!」

『あ、妹がまた本気で怒っちゃった。今日はご機嫌ナナメな日だなぁ。兄は妹を宥める用意をしておかなきゃ。今日はこの羽根が良いかな・・・』


 だが、その問いかけに、王女が答える前に俺の殺意が湧いた。

 ふざけるなよ。その問いを王女にするのか。お前達が王女にするのか。


「おい、一つ聞くが、貴様の訴えはコイツ等にもしたのか」

『どうなの? どうなの?』

「―———っ、あ、ああ、勿論だ。貴女達に敵対しない意思を伝える為に、協力を仰いだ。むしろ陛下の屋敷を守る彼には、絶対に通しておかねばならない事だ」


 だが、聞き入れて貰えなかった。だから今の状況がある。こうなっている。


 ならば、ならばだ。その質問をする時点でふざけている。

 原因は貴様等にも有るだろうが。貴様らが王女の言葉を無視したんだろうが。

 それをまるで王女が全て悪いかの様に、何も把握していないかの様に振舞うのか。


「貴様は殺す。立ち塞がらずとも殺す。まるで自分は部外者だという言動が気に食わん。王女が必死なって奔走していた時、貴様は一体何をしていた。何もしていなかっただろうが。だと言うのにギリギリまで諦めなかった娘を悪し様に言うのか。ふざけるな。ふざけるなよ貴様」


 怒りのままに魔力を開放する。当然殺意も載せている以上、文官共は軒並み気を失う。

 兵士も数人気を失い、半数近くは腰を抜かしていた。何だこの使えん兵士共は。


「この娘の足掻きを台無しにした自覚も無い貴様には、猶予など必要無い」


 これは王女の為ではない。俺が気に食わないから殺す。

 仕事を全うしようとした者に対し、無意識に嘲笑う真似をした貴様は。

 屋敷に向けていた足の向きを即座に変え、指揮官の懐に踏み込む。


「っ!」


 そして怒りのままに全力で拳を振り抜き、その頭を粉砕する。

 同時に衝撃音が鳴り響き、頭部を失った体も軽く飛んで行った。

 この男はきっと、自分が殺される瞬間すら把握できなかっただろう。


「苦しめずに殺す事が、貴様に与えてやれる譲歩だ」


 腹立たしいが、そこだけは譲ってやる。

 最も王女にしてみれば、譲った内に入らんと思うがな。

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